トヨタ自動車は同じ部品を,部品メーカー2社から調達しているそうである。単独の部品メーカーから調達していた時期に,火事や地震によって部品メーカーの生産がストップ。これがトヨタの完成車生産にも影響を与えたことが,2社調達へのドライブをかけたと聞いている。コンビニエンス・ストアも2社調達だそうである。ビール,清涼飲料,チョコレートにカップめん,狭い店内に並べられる商品には限りがある。商品の種類を増やすことがコンビニエンスの本質であろうが,それでは時流の変化は読めない。現在の売れ筋ビールと,2番手を並べれば隙はない。2番手を3番手に入れ替えることは容易だ。しかし,1番手の商品しか並べてないところで,それを2番手と入れ替えることは躊躇がある。結局,入れ替えが遅くなり販売機会を逸する。

 若い方々はゲームに熱中して引きこもり,デートもしないご時勢とのうわさであるが,一昔前はデートのマニュアル本片手に女性をエスコートする若者がいた。「ここで写真をとって,ここでお茶をして,ここで食事をする」という感じである。雑誌社の取材どおりなら,既視感。万々歳である。しかし,人生,予定調和とはいかない。マニュアル本どおりには進まない。レストランの予約が取れてなかったり,道に迷ったり,ハイヒールの踵が折れたり,予定外のことが起きる。ここが男の見せ場である。六本木ヒルズにお台場,実際にそこで遊んでいれば代わりのレストランも,靴屋も手の内である。別に,そこで遊んでなくても,経験を積み重ねれば対処法が浮かんでくる。

 仕事も同じ。予想外のことばかりが起こる。マニュアルを越えたところに価値がある。アルバイトの店員が店長に口にする言葉の一つに「万が一」症候群がある。たとえば,「万が一,品切れのときはどうするんですか?」というもの。これに真面目に答えているとキリがない。なんせ,「万が一」のことは幾万とある。アルバイト店員が経験不足であることは明々白々である。しかし,「それは経験を積まなければ分からない」と聞き流す訳にもいかない。万が一の対処もシステム化する必要がある。「そのときは,ここに電話しろ」とか,「そこまでして駄目なら,あなたの所為ではない」とか「万が一」に歯止めを設けることが必要である。そう,事前にアルバイトの責任範囲を明確にすることは必須だろう。アルバイト店員の責任範囲,店長の責任範囲,社長の責任範囲。それを明確にすることを避けてきた店側の問題点を「万が一」症候群はあぶりだしてくれる。

 さて,「万が一」対策をシステム化するとき,本質的なことは選択肢を持ち続けることである。最低,右か左かの2社調達であろう。実は,マニュアルは選択肢が無いように絞り込まれている。重要なことをアルバイト店員は判断してはいけない。決められたことを決められたようにこなす仕事で,たとえば年収300万円。一方で,マニュアルがおかしいと気が付く人は年収500万円,マニュアルを改善できる人は700万円,マニュアルを作れる人は1000万円以上。

 仕事と年収の関係を明らかにしたところで,話をマニュアルが作れる人に絞ろう。その人は場面,場面で複数の選択肢を頭に描いているはずである。その中で,アルバイトの店員が間違いなくこなせる作業を選んでいるはずである。その想像力が無ければ,年収1000万円はやらずぶったくりである。

 さて,ここで話題とした複数の選択肢を持つか持たないかは,人生を過ごす上でも大事である。会社の顔しかなければ,定年後は不幸である。個人が会社に埋没すれば,会社と運命を共にするしか選択枝はない。会社が潰れる時が,人生の終わりである。社内に人脈はあるだろう。それでは,社外にどれだけの人脈があるかが,その人の価値である。

 新しいものは,社内にも芽がある。それを大事に育てなければならない。しかし,視野が社内だけでは行き詰まる。社外の大きな動向と社内の芽が出会ったところで大化けのビジネスが生まれる。そう,視野が社内に限られるなら,それは所属する会社に対する背任行為だろう。もう一度,頂いた名刺の束をひっくり返してみよう。人生のためには,家庭や友人の顔を浮かべてみることも必要だろう。想像力,これを失ったら人生は一本道だけ。その道が行き詰まれば,おしまいである。

 人生,2社調達を心がけよう。変化が激しい時代である。十分遊んで「万が一」に備えることは,会社にとっても,自分にとっても必要である。