バラつきのない製品を量産する

 このように原料やプロセス条件を変えると特性が微妙に変わる敏感なプロセスで,「品質のバラつきがない均一なものをなるべく欠陥なく,工業的に使いやすいように造るのはものすごく難しい」(某炭素繊維メーカーの事業責任者)という。撤退した欧米メーカーは,これができなかったのである。

 日本勢3社がいずれも繊維メーカーで,アパレル向けのアクリル繊維を製造していた点も有利に働いた。アパレル向けのアクリル樹脂も種類としては同じPANであり,炭素繊維向けの原料繊維(プリカーサー)を敏感なプロセスに合わせて自ら最適化することができた。

 日本メーカーは,炭素繊維を造り始めて30年程度だが,アクリル繊維まで遡れば50年の歴史がある。その間に繊維のノウハウを蓄積した。これに対して,欧米メーカーは,元々化学メーカーであったために,そうしたノウハウを持っていなかったのである。

 原料やプロセス条件で微妙に変わるにもかかわらず,一つひとつのグレードの中では,品質バラつきのない均一なものを量産することに日本メーカーが成功した背景には何があるのだろうか。「結局は,日本のものづくりの強さが生きたということではないか」とある炭素繊維メーカーの担当者は語る。

 「均一」なものを安定的に量産するというのは,日本メーカーの特技であるといえるのかも知れない。そこで思い出したのが,筆者の日経メカニカル時代からの長年の取材先かつ友人で,日系の自動車部品メーカーから米国系の産業機械メーカーの日本支社に転職したある技術者の方に聞いた話である。

「公差」をめぐるある「事件」

 それは5年ほど前のことだ。その日本人技術者があるとき,日本の某機器メーカーからの依頼で,友人の所属する米国メーカーの中国工場である部品をOEM生産することになり,両者を橋渡しする業務を担当した。その部品は,二つの部品から成り,各々を工作機械で加工した後に,ねじ止めして組み立てるという単純なもので,中国工場で生産することによりコストダウンできると考えた。

 見積もりや試作を経て,中国工場で量産が始まったが,日本に送られてきた最初のロットの部品を見て,筆者の知人である日本人技術者は驚いた。2部品の接合部が指定した公差の範囲外のものが多かったのである。公差範囲外だと,二つの部品はねじ止めできないはずだが,数千個ずつ造った二つの部品の中から,寸法が合いそうな二つの部品の組を見つけ出して,公差の範囲外でも無理やりねじ止めして出荷してきたのである。