過去のパターンをひたすらケーススタディして、傾向と対策を続けていく世界といえば、大学受験とか資格試験のシーンが浮かんできます。けれど、恐ろしいことに「販売戦略」とか「技術戦略」さらには「経営戦略」というような高次レイヤーの議論までこのようなベンチマークとケーススタディのオペレーション合戦にスポットライトが当てられるのが今風なのです。受かることがシンプルな目的の受験勉強の先に魅力的な企業作りがあるはずがないと皆さんも直観的に思われるでしょう。

新素材Xの発見

 さて、話が青い講釈臭くなってしまいましたが、衝撃強度測定エピソードのその後の話を続けましょう。社内ではこれを契機にビビりに込められた現象メカニズムの分析が始まり、研究を重ねた結果、ついに何度叩いてもビビらない画期的な新素材Xが完成し、今では自動車用部品の標準品番として世界中で当たり前のように使われることになったのです・・・。

 そうなればめでたしめでたしだったところでしょう。けれど、現実とはなかなかそう簡単には問屋が卸さないものです。このエピソードの結末は、「まだ今のところ」そのような美談には到っていません。いつか美談に結びついて、プロジェクトX的なエピソードとして広く注目・語り継がれることになることを期待したいものです。

 あの旧式の測定器と、旧式の測定者はどこにいったのでしょうか。リストラされてしまったかもしれません。しかし少なくともこの逸話が、この企業の中で受け継がれているということは、このような価値観がまだ保たれ続けているということです。この「ビビり度」の考え方は、測定業務だけでなく、あらゆる研究開発のシーンで敬意を払われるべき考え方です。

 いやR&Dのみならず、訪問営業でも、財務分析でも、製造現場でもあらゆる業務プロセスで通用する考え方でしょう。このアナログな「ビビり度」的なものが企業の中にユビキタスに散らばっていること、これは日本のモノづくりの強さにつながる大きな要素の一つなのではないかと感じます。

著者紹介

川口盛之助(かわぐち・もりのすけ)

慶応義塾大学工学部卒、米イリノイ大学理学部修士課程修了。日立製作所で材料や部品、生産技術などの開発に携わった後、KRIを経て、アーサー・D・リトル(ADL Japan)に参画。現在は、同社シニアマネージャー。世界の製造業の研究開発戦略、商品開発戦略、研究組織風土改革などを手がける。著書に『オタクで女の子な国のモノづくり』(講談社)がある。

本稿は、技術経営メールにも掲載しています。技術経営メールは、イノベーションのための技術経営戦略誌『日経ビズテック』プロジェクトの一環で配信されています。