せちがらい昨今の経営環境の中で、業務改革の波は遂にこの測定室にもやってくることになりました。この測定プロセスの所要工数を削減する検討がなされ、新型測定器を導入することになります。新型機では、モーターで振り子が持ち上がって自動的にスタート位置にセットされ、数値の測定も読み取りが自動化されているので作業者はテストピースを台座にセットしてスイッチを押すだけで済むという優れものです。1日に測定できる検体の数も飛躍的に増やすことができるということで、購入にはすぐ認可がおりました。

 この新鋭機を導入し1月ほどたったころ、部長さんが現場の様子を伺いにやってきました。しかし職場では、測定担当の作業者が旧型機の前で従来どおりの重労働を続けていたのです。当然のことながら、部長さんはわけを問うたわけです。なぜ新型機を使わないのかと。理由を聞き彼は驚きを隠せませんでした。それは、全く想定外のものだったのです。

測れないファクター

 この作業者は、長年繰り返してきたこの測定作業を通して、ある現象に気が付いていました。打撃・破壊が終わり、ハンマーを手で持ち上げて元のスタート位置に再セットするときに、ハンマー自身がわずかながら震えている場合とそうでない場合があるというのです。ゴルフでも野球のバットでも芯を外した打撃をすると、手がしびれますね。ちょうどこのイメージかもしれません。

 ハンマーをリセットする際にハンマーにこの余韻のような振動が残っている場合とそうでない場合があることに彼は以前から気付いていていました。理由が何かはわからないながらも、彼のノートには衝撃強度の数値とともに各テストピースの「ビビり具合」の違いを丁寧に記録し続けていたのです。この違いがフルオートマチックの新型機になると、わかりません。モーター駆動のそれは、危険防止のために保護板がついているため直接手で触ることができず、彼オリジナルのビビり度を感じとることができないのです。これが理由で彼は、新型機の使用を頑なに拒んでいたというわけなのでした。

 データを集めて分析するアプローチには2種類あります。一つ一つのデータの精度や深みは問わずに、とにかくデータの数を増やして、統計処理してしまおうというアプローチが一つ。ここでは検索やデータマイニング技術の性能の優劣が大量のデータ処理のボトルネックになります。一方で、個々のデータの精密さや、データの中に含まれる多値化・多重化された別の情報を紐解こうとするアプローチもあります。深さ方向に堀り下げていくこのアプローチでは、ひとつの現象に対して五感総動員とか多角的に捉える視点というような測定側のアンテナの感度の良さ、すなわち観察能力が問われます。今風にいえばマルチモーダルなセンシングと言えるかもしれません。