そんなことを思い出したのは,多喜氏の事務所がその10年前のセミナー会場のすぐ近くだったこともあるが,「元気な中小企業に共通する条件のようなものって何なんでしょう?」と質問したことに対して,多喜氏がこう答えたからだった。

「『下請け仕事』と『独自開発』に加えて,漫画の『浮浪雲』みたいに,『時の流れ』に身を任せて軽々と生きられるかどうかでしょうね」

(*『浮浪雲』:ジョージ秋山作。幕末の動乱に巻き込まれながらも,物事に執着せず,空にただよう雲のようにふわりと生きる問屋場の頭を主人公にした漫画)

「時の流れ」とは何か

 その口調に,10年間変わらない,相手の緊張をほどく独特の雰囲気を感じたのである。続けて多喜氏は,この「下請け仕事」,「独自開発」,「時の流れ」という三つの要素に1/3ずつバランスよく力を配分する中小企業の競争力が高い,と語った。「下請け仕事」は現在の飯の種,「独自開発」は次の飯の種であり,このあたりは分かりやすい目標だが,「時の流れ」とは一体何か。

 多喜氏にもう少し具体的に説明してもらうように頼むと,ある自動車部品メーカーの例を紹介してくれた。この部品メーカーはある自動車メーカー向けに部品を製造しており,これだけで100億円くらいの売り上げがある。その自動車メーカーからの熾烈なコストダウン要求に耐え抜き,品質管理の能力も評価されている。こうして本業は順調なのだが,この社長はよく言えば好奇心旺盛,悪く言えば浮気症で,常に本業以外のところで新しいビジネスの種を探しているのだそうだ。

「焼き鳥屋でいい」vs「焼き鳥屋はダメだ」

 そしてあるとき,突然焼き鳥屋を始めたのだという。この社長が観察するに,焼き鳥屋の利益率は高く,仕事の進め方を見るに「カイゼン」する余地は十分ありそうだった。そして,今では20店舗の焼き取り屋を経営して,流行っているのだという。この社長は社員に,「自動車メーカーからはいつ仕事を切られるか分からない。そうなったら,皆で焼き鳥屋をやるぞ」と言っているのだそうだ。

 「焼き鳥屋」ということで突然,多喜氏と正反対の発言をされた方のことを思い出した。元IT企業の経営者でその後退職して投資事業をされているその方は,「ある日突然,朝起きたらITベンチャー企業がバタバタ倒産していたらいいなあ,なんてよく思うんですよ」と物騒なことを言ってから,「これからは,『ものづくり』です。わたしは『ものづくり』企業しか投資しません」と熱く語った。

 この方が見るに日本には高いものづくり技術を持った中小企業が多い。そうした会社を探し出して投資して事業を大きくするのが醍醐味だと言う。ただ,同氏が「これは困りものの社長だ」と思ったというある会社のことを話してくれた。その中小企業はユニークなオンリーワン技術を持っているのだが,その社長が浮気性で,すぐ本業以外の事業に手を出そうとするのだそうだ。あるとき,焼き鳥屋チェーンをやりたいと言ってたので,意見をしたのだという。「社長,何考えているんですか。あなたは本業で素晴らしい技術を持っているのだから,脇目を振らずものづくりに邁進しなさい」,と。

 「なんにでも手を出そうとする浮気症の社長」と「ものづくり命で本業に邁進する社長」---。筆者としてはどちらがよいのか迷うところだが,多喜氏は前者こそが望ましい姿だと断言する。逆に,「『うちは○○技術命です。これしかありません』などと言う社長は信用しません」とまで言うのである。

「蓄積されている技術なんてものはない」