周辺企業の「キャッチアップ戦略」を支える日本企業

 またMediaTek社がここまで躍進したのは,日本や欧米企業を後追いするキャッチアップ戦略を採っているからだ,という面もある。日米欧の半導体メーカーが開発し,製品が普及し,性能改善速度が遅くなったタイミングを見て参入し,開発費を負担せずに,人件費など低コスト化を徹底的に進めて,価格を下げて,最初に開発したメーカーの撤退を促して残存者利益を享受するのである。MediaTek社に限らず,高成長を続ける多くの台湾や中国メーカーが日本企業をキャッチアップする戦略をとっている。

 キャッチアップ戦略は,その対象である元々の製品がなければ成り立たない。高い機能を持つ新しい部品を部品メーカーに要請しているのは,日本の完成品メーカーであり,これらの日本メーカーは,左下(または一部右上)の領域に位置する台湾や中国メーカーをサポートしているとも言えるだろう。さらに言うと,日本の完成品メーカーや部品メーカーがそうした「超品質」「超サービス」の製品を開発するのは,それらを受け入れる消費者がいるからだとも言えるわけで,日本は国を挙げて周辺部に位置する企業群をサポートしている,と言ってもよいのかもしれない。

 つまり,激しく競争していると同時に,中央部からのサポートによって周辺部が成り立つという協力関係にあるという,単に競合関係だけではない複雑な相互依存関係になっているともいえるだろう。中央部の存在が,周辺部の繁栄には必要不可欠ということであり,そのあたりの強み,または希少性を生かして,周辺部に切り込む戦略がもっとあってもいいと思うのである。

「超品質」の普遍性をアピールする

 「周辺部に切り込む」と言っても,日本人はシステム音痴であり,デザインが苦手であり,規模拡大を避けようとする傾向が強いと水島氏はいう。筆者は,日本企業もシステム化やブランド構築や規模拡大を考えた方がいいと思っていただけに,それを聞いてショックではあったが,その代わりに,同氏が推奨されていたのが,中央部で頑張った結果習得するにいたった「超品質」や「超サービス」をアピールして,境界領域を周辺部側に押し広げることなのであった。

 特に,乗用車の分野ではそうした「超品質」の普遍性をアピールする戦略が機能してきたといえるだろう。かつて,本田宗一郎氏は,「日本人だけに分かっていて,他の国の人は分からんでもいいんだということじゃなくて,国境を越えて,人種を超えて,どこへ行っても,そうでなくちゃならない,いつだれがどこで考えても,そうだ!といわれるような理論というものを持つべきだ」と世界的視野を説いた。

 また,苦手とされるブランドにしても日本型にあえてこだわる戦略が考えられる。欧州企業が,デザインセンスやマーケティング面の演出などに長けているのに対して,日本企業はその真似をしてもかなわないので,ものづくり能力や要素技術といった「深いレベルからブランドを仕込んでいく」ことが大切ではないか,という指摘がある(藤本隆弘,『日本のもの造り哲学』,日本経済新聞社,p.321)。これも,「領土拡大」の方策の一つだといえるだろう。

本当にレッドオーシャンの魚はブルーオーシャンでは死んでしまうのか?

 講演が終わり,寒風吹く夜の東京駅に向かいながらあれこれ考えた。それにしても,レッドオーシャンで元気な魚たちは,ブルーオーシャンでは死んでしまうということなのだろうか。そうだとしたら,確かにレッドオーシャンそのものを拡大して,棲息できる世界を広げることが,魚が繁殖する条件なのだろう。つまりは「ブルーオーシャン戦略」ではなく,「レッドオーシャン戦略」こそが日本の生きる道だということかもしれない。

 逆に,ブルーオーシャンの魚達もレッドオーシャンでは生きられないはずで,彼らも命懸けでブルーオーシャン域を拡大しようとするだろう。レッドオーシャンがなくなってしまったらブルーオーシャンの魚たち自身も生きられないはずではあるが,一部の魚たちしか生きられないほどレッドオーシャンが縮小してしまう事態も将来的には考えられないこともない。ということは,一方で,ブルーオーシャンでも生きられるように「体質転換」または「進化」する,という両面作戦でいかなければいけないのだろうか---と。