研究者・技術者が主役に

 こう言ってしまえば簡単そうだが、実はそうでもない。そもそも、ターゲットとする「市場」が明確に捉えられていなければ未決の課題も的確にはとらえられないからである。それができなければ、テーマなど設定できるはずもない。

 市場の状況を理解して開発部隊に提案するのはマーケティング担当部署の仕事だろうと考える方が多いかもしれない。その通りである。少なくともこれまでのような連続性の高い開発(持続的イノベーション)が通用している経営環境においてはそれでよかった。

 しかしながら、新市場創造型の開発でなければ望ましい収益性を実現できない現在の経営環境においては、この考え方では十分ではない。将来の商品に向けた「未決の課題」 は従来型の御用聞きスタイルでは引き出すことはできず、レベルの高いテクニカル・タームを使った意見交換の中に潜んでいるものである。

 特に、B2Bの事業ではこの傾向が非常に強い。こちらから核心に触れる良い問題提起なり仮説の提起ができてはじめて、相手は本心から悩んでいること、困っていることを語ってくれるようになるのである。良い球を打てば相手からも良い球が返ってくるという、テニスの壁打ちのような状況であると考えればよい。では、ユーザー業界の研究者・開発技術者とテクニカル・タームを使ったキャッチボールができるのは誰か。それは研究者、開発技術者自身である。

 新しいテーマ発案のヒントが「市場の未決の課題」であり、その課題を把握することをマーケティング活動と表現するならば、マーケティング活動は研究開発テーマ設定作業の入口ということになる。つまり、マーケティング活動は、その適任者、活動の実態という両面から考えて、研究開発活動そのものといえるだろう。よく「研究開発活動とマーケティングの連携」が重要という主張を見聞きする。けれど著者は、そうは考えない。それでは不十分で、「研究開発活動とマーケティングの融合」と表現すべきだと思う。

先進ユーザーと語り合う

 実際、多くの企業で、研究者が実際に市場に出かけ、ユーザーである開発技術者と議論できるようにする試みが始まっている。一言で言えば「案ずるよりは生むが易し」で、まずぶつかってみることが大切だと思う。そうすれば、ユーザーと話をするには球を用意していかなければならないこと、ちゃんと相手を選ばなければならないことを実体験から学ぶことになるだろう。

 ちなみに、どのような相手と話をすることが望ましいかというと、「ライトハウスカスタマー」「リードユーザー」と呼ばれる人たちである。筆者はライトハウスカスタマーという言葉が好きなのだが、この言葉からイメージできるように、ユーザー業界においてライトハウス(=灯台)のように遠くを明るく照らして見えている存在のことである。

 一方のリードユーザーという概念はマサチューセッツ工科大学のエリック・フォン・ヒッペル教授が提唱した考え方だが、上のライトハウスカスタマーと似ている。すなわち、この存在(=企業、ユーザー)自体は量的に大量の購買力を持っている必要はないが、先を見る力を備えている。実際、先を見る力のある企業は業界への影響力が大きく、その後には大量の購買力を有するユーザーが控えている。だから、時間の経過とともに購買量(=市場規模)が増大するのである。

 しかしながら、このような先見性を備えた存在は、保有する技術レベルも高く、蓄えた情報量も多い。それだけに、周到に球を用意して当たらなければならない。できれば事前に、身近に居る同一業界の企業、人達との意見交換からスタートすることが効果的だろう。

 実際、いまだにユーザー業界のライトハウスカスタマーとのコンタクトができていない企業がライトハウスカスタマーを選定し、活動を始めて取引を始めるまでには相当な努力が必要になる。筆者のこれまでのコンサルティングの経験においても、3年かかったケースがある。しかしながら、この3年の意味は非常に大きい。ライトハウスカスタマーとの取引が始まる前と比べると、ユーザーに関する情報の量と質がケタ違いに高まったからである。

技術でブルーオーシャンへ

 最後に付け加えておくと、テーマ発案の基本として挙げた「市場の未決の課題を革新的に解決する」という一連の活動のうち、「革新的に解決する」ところにこそ技術の出番がある。競争力のある優れた技術が、この新しいコンセプト実現のアプローチの中に組み込まれていれば、それを他社製品との差異化要因にできる。業界に先駆けて新コンセプトの商品を市場に投入し(=新市場創造)、さらに革新的な解決策(=独自技術の導入)を示すことで後発メーカーに対して参入障壁を構築でき、「ブルーオーシャン(競争のないビジネス領域)」で事業を優位に展開できることになるのだ。

 このような状況を生み出せない限り、日本企業は今後とも低収益のレッドオーシャン(競争が激しいビジネス領域)の中でもがき苦しみ続けなければならないだろう。そこからの脱出のためにすべきことは、難しいことではない。まず研究者・開発技術者が古い考え方・行動様式から脱却しユーザー業界の研究者・開発技術者と直接意見交換するところからはじめればよい。

 この際、間違っても営業担当者が「研究者に直接ユーザーと話などされたら困る」などと言い出す状況を作ってはならない。これはマネジメントの問題だ。実際、このような企業は珍しくないのである。

著者紹介
古田健二(フュージョンアンドイノベーション 代表取締役
総合電機メーカーの開発技術者を経て、経営コンサルタントへ。一貫して「経営と技術の融合」を活動テーマとする。個別企業のコンサルティング活動に加え、技術経営研究センター、社会経済生産性本部、関西生産性本部、企業研究会などにおいてテクノロジーマネジメントおよび新規事業マネジメントの講師・コーディネーターを担当。著書に『テクノロジーマネジメントの考え方・すすめ方』『新規事業パワーアップノート』、近刊に『第5世代のテクノロジーマネジメント』がある。技術経営に焦点を当てた日本における唯一の定期刊行物である「月刊テクノロジーマネジメント」も発行している。
連絡先:info@fandi.co.jp

本稿は、筆者の属するフュージョンアンドイノベーションが発行している『テクノロジーマネジメント』という定期刊行誌における連載に基づいたもので、技術経営メールにも掲載しています。技術経営メールは、イノベーションのための技術経営戦略誌『日経ビズテック』プロジェクトの一環で配信されています。