日曜日、銀座にある百貨店のレストラン街で昼食をとろうと、寿司屋にはいった。商品のセレクトに定評のある百貨店らしく、なかなかの名店がそろっていて、どこに入ってもよかったのだが、手頃な店はいつ入れるのか分からないほどの行列ができている。比較的行列の短い寿司屋の列に並んでいると店員が「カウンターで、おまかせでよければお通しできますが」というので、喜んでカウンターに座った。

 立派な白木のカウンターに先客はひと組のカップル。そう若くはない。「イカ」、「エビ」と、とぎれとぎれに注文している。カウンターは「おまかせ」である。「おまかせ」は「高い」の別名だ。「いくらふんだくられても知らないゾ!」なのである。だから、注文は慎重になる。しかし、寿司屋のカウンターで蝸牛(かぎゅう)のように慎重であらねばならないとしたら、テーブル席で定食を注文したほうがよほどいい。

 でも、座ってしまったからには腹をくくることだ。そして私は「ひととおり」と言った。どこでそんな言い回しを覚えたのか忘れてしまったが、便利である。有名な高級店でなければ、銀座だって「ひととおり」と言えば一人前5000円と相場は決まっている。

 それならまあ、仕方ない。

 鯛が出た。醤油は小皿につけるのでなく、刷毛で塗って出てくる。歯ごたえと旨味がある。イカはまな板の上で小幅に包丁を入れてあり、口に入れるとメシと同時に溶けて消えるがごとくである。小鰭(こはだ)が出たので「ヒカリモノは大好きで」と言うと、「じゃ、ヒカリモノぜんぶ出しましょうか」と、鰺(あじ)、鯖(さば)もいただいた。

 うーん。たっぷり味が乗っている。

 このあたりで5000円じゃすまなくなったなと覚悟する。ウニの軍艦が抵抗なくするりとのど元を過ぎたとき、この店は5000円ではなく1万円なんだと気付いた。ミョウバンで固めてない新鮮なウニだった。

 会計は1万2000円。

 でも満足である。これだけ高水準の職人がいる店に出会うことはめったないだろう。ガイドブックを片手に探し回る手間を考えれば、2000円くらい高くても、それは案内料みたいなものだ。

タイヤメーカーだからこそ

 案内料といえば、『ミシュラン東京』が大変な話題になっている。十数年前、小生が「恨ミシュラン」なる連載を始めたころは、ミシュランというと、たいていの人が「満点は5つ星」と勘違いしたものだ。それほどの認識しかなかったはずなのに、今なぜこれほど話題になっているのか私にはわからなかった。日本人は「おフランス料理に憧れる田舎者」という時期をずいぶん前に脱したはずなのに。

 で、酒場で「ミシュラン」という単語に耳を傾けているうちに、実はみんな怒っているのだと気付いた。フランス人に日本料理の何が分かると息巻いている。外国人の判定などありがたがるなと。もう一つ、選ばれた店が一人3万円もするような高級店ばかりという金満主義にもみな腹を立てているようだ。

 そして、最大の不満は初版12万部だったとかいう『ミシュラン東京』が3日で売り切れて手に入れられなかったという恨みらしい。ネットオークションでは何千円かのプレミアがついているとか。

 ひどい誤解とやっかみだ。

 それで説明しようと思って書いているのだけれど…(次のページへ