米国は、よく訴訟大国と呼ばれる。何ごともすぐ裁判で決着したがるからである。「裁判でしか問題を解決できないのか」と揶揄する意味も、そこには含まれている。確かにそういった面もある。しかし、裁判で決めるのは極めて公平、かつ明白なやり方でもある。

 冒頭で述べた連邦最高裁での裁判記録を読むと大変に面白い。判事を挟んで原告と被告の3者が地球温暖化のメカニズムから始まり、その被害などについていろいろなやり取りをしている様子がうかがわれる。そのうちに、さまざまな科学的知見などが次第に消化され、時には共有化されていく。こうしたプロセスを経て、裁判所の中に知識やノウハウが蓄積されていく。つまり、今では米国の司法制度の中に地球温暖化問題に関する情報が一杯詰まっているのだ。

 カリフォルニア州での自動車メーカーとの訴訟記録を読んでも、同じことを感じる。訴えの中でカリフォルニア州は、既に始まっている温暖化による被害額は、洪水防止インフラ、降雪量、海岸線への影響、さらには将来の被害の予測作業などに使われた数百万ドルの財政負担を含め数十億ドルにも達しているとし、その損害賠償を求めているのである。温暖化問題が将来の気象の話を超え、いま、そこにあるリスクとして扱われている点などは誠に興味深い。外から見れば、米国、つまりブッシュ政権は「反京都議定書」を標榜し、環境問題に消極的と思われているかもしれない。けれど、その内側を詳細に見てみると、社会システムの中でこの問題をしっかりと受け止め、それへの対応を進めていることがよくわかるのである。

いつまで眠っているつもりなのか

 ひるがえって、環境技術大国を誇る日本はどうか。一体、社会のシステムのどこでこのような対応がなされているのであろうか。もちろん、それぞれの国のあり方や歴史の違いもある。表面的な比較は避けねばならない。でもあえて言えば、日本の司法制度の中で、この問題の理解はどこまで進んでいるのであろうか。個々の企業が保有する技術や取り組みといった部品は、光り輝いているかもしれない。けれど、社会の仕組みという、全体としての取り組みがちっとも見えない。これこそ典型的な「日本的対応」というものかもしれないのだが。

 折しも、米国では上院において「法律による温暖化ガス排出規制を求める法案」が上院小委員会で可決された。同様の法案が、あと11本もあると聞く。一体、日本の国会では何本の法案が審議されているのだろうか。

 地球温暖化への対応は、国を挙げての取り組みを必要とする。しかも海外との競争を考えると、これは国家間の覇権争いとも言える。とすれば、日本ももっと、深刻に、かつ真剣にこの問題に取り組まねば、そのうち外国勢にしてやられるのは目に見えている。

 最後に、さる石油メジャーによる予測を一つ。2015年に温暖化問題で世界をリードしている国はどこか? それはEUでもなければ日本でもない。米国だと。そして最も活発な動きをみせているのは中国だと。

 2015年までに、あと10年もない。

著者紹介

末吉竹二郎(すえよし・たけじろう)=国連環境計画・金融イニシアチブ(UNEPFI)特別顧問
1945年1月、鹿児島県生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱銀行入行。ニューヨーク支店長、同行取締役、東京三菱銀行信託会社(ニューヨーク)頭取、日興アセットマネジメント副社長などを歴任。日興アセット時代にUNEPFIの運営委員会のメンバーに就任したのをきっかけに、この運動の支援に乗り出した。2002年6月の退社を機に、UNEPFI国際会議の東京招致に専念。2003年10月の東京会議を成功裏に終え、現在も引き続きUNEPFIにかかわる。企業の社外取締役や社外監査役を務めるかたわら、環境問題や企業の社会的責任(CSR/SRI)について、各種審議会、講演、テレビなどを通じて啓蒙に努めている。趣味はスポーツ。2003年ワイン・エキスパート呼称資格取得。著書に『日本新生』(北星堂)『カーボン・リスク』(北星堂、共著)『有害連鎖』(幻冬舎)がある。