1カ月ほど前のことになるが,10月18日,東京大学ものづくり経営研究センターが主催している「ものづくり寄席」を覗いてきた。ふだんは象牙の塔で研究にいそしむ先生方が祭りのはっぴを着て,経営学を落語風に語る,という趣向である。2年前に開講していったん中断していたが,好評のため再開したということであった。

 この日は再開後の初開催で,しかも演者は同センター長の藤本隆宏氏ということで,立ち見がでるほどの盛況振りであった。同氏もきちんと,はっぴを着て現れた。話もいつもの講演とは趣がやや違って,ジョーク満載で笑い声が絶えない。本稿では,くだけた「噺」に対する感想としてはちょっと無粋ではあるが,同氏の話の中で特に参考になった点として,「他者に学ぶ」ということについて考えてみたい。

枚挙に暇がない「プッツン」事例

 藤本氏がまず強調したのは,お互いに協力し合わなければならないにもかかわらず交流が「プッツン状態」になって,時にはいがみ合う状況になっているケースが多い,ということである。例えば,理系と文系は仲が悪いなどと一般的に言われているが,大学でも経済学部と工学部は犬猿の仲なのだそうだ。

 そのほかにも「新聞の1面を書いている記者」と「産業面を書いている記者」,そして「高度100mの本社にいる社長さん」と「高度1.5mの現場で仕事をしている作業者」,もっと大きく言えば「製造業」と「サービス業」…と,「プッツン」しているケースを藤本氏は機関銃のように次々に打ち出す。

 さらに横との交流が途切れている事例として藤本氏は,異業種交流のミーティングでよく聞かれるこんな会話を採り上げた。「私の会社は○○をつくっていまして,○○にかけては世界一だと自負しております。自動車産業さんは確かに立派ですが,うちとはかなり状況が違うので参考にはならないと思います…」。藤本氏はこうした発言をする方々を「固有技術の鎧(よろい)をかぶった」状況だと表現し,「その鎧を脱いでみましょう。脱いだ後に残るのは何ですか?」と問いかけているそうだ。

「固有技術」の反対語としての「ものづくり技術」

 藤本氏によると,「固有技術」という鎧を脱いで表れるものが「ものづくり技術」である。同氏がいろいろなところで書いたり話したりしているように,同氏の定義によると,「ものづくり」とは,設計情報をある媒体に転写してお客のところまで流すことであり,媒体が有形な場合が製造業,無形な場合がサービス業である。また「ものづくり技術」とは,その設計情報をいかにスムーズによどみなく正確に流すかの技術を指している。

 「ものづくり」や「ものづくり技術」をそう見てみると,この世に存在する業種や仕事といったものは何だって「ものづくり」だという解釈ができそうだ。実際,今回の話で藤本氏は,製造業と最も懸け離れたイメージを持たれている世界のことを語ってくれた。京都の舞妓さんの世界である。

 藤本氏がまず紹介したのは『京都花街の経営学』(西尾久美子著,東洋経済新報社)という本である。この本に書かれている舞妓さんの世界を「ものづくり」風に解釈すると,お客さんが「原材料」だという。気難しい顔をしてお腹をすかせたお客さんがお店に入ると,舞妓さんは踊りや音楽,食事といったサービス(=設計情報)をお客さん(=原材料)に与え(=転写し),数時間後にはニコニコして満腹となったお客さん(=完成品)がお店(=工場)から出てくる,ということになる。

「ものづくり技術」=「座持ち」

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