木崎 『日経ものづくり』編集長の木崎です。今回は製造業におけるイノベーションについて考えてみたいと思います。

勝力 製造業だけに限らないのですが,最近ではイノベーションという言葉をよく耳にします。そんなに革新ばかり起きていても,大変なんでしょうけどね(笑)。

木崎 製造業で言えば,国内だけでなくグローバルに競争が激化しています。そんな中で競争力を高めるためには,イノベーションが必要不可欠,などという論調になってくるわけです。

大黒 みんな,何となくイノベーションが大事なのは分かっている。今の業務の延長では駄目なんだろうと。では,イノベーションってどうやって起こせばいいの,というところが問題なのかと思います。

木崎 この間,ちょっとヒントをもらいました。東京大学ものづくり経営研究センターのセンター長である藤本隆宏先生の講演を聞く機会があったのです。先生は日本には素晴らしい固有技術を持っている企業が多くあり,それらの技術に対して非常に誇りを持っている。ただ,その固有技術の横にポカーンと大きな穴が開いている企業も少なくないといいます。そして,その穴を容易に埋められるようなアイデアを出せるのは,まったく関係のない分野の知識を持った人だということでした。

大黒 凝り固まった目で見るよりも,何も知識を持っていない方が,逆に問題点を明確にできるということでしょうか。

木崎 その一つの例として,最近ではトヨタ方式を製造業ではない異業種の企業が学ぶことが多くなっているということを挙げていました。

勝力 イノベーションを起こすには,いろいろな知識を持つというか,多様な経験の上にこそ,イノベーションが起きる可能性が高くなる,ということなんだと思います。

木崎 そうです。それを分かっているトヨタ自動車では,トヨタ方式を学びたい,という異業種の企業に対して,喜んで講師を派遣するそうです。この場合,単にサービスとして派遣するのではなく,講師は異業種の方たちに教えることを通じて,逆に学ぶべきことはないかと,目を光らせているということでした。

勝力 藤本先生がおっしゃることは,イノベーションの本質とは閃きではなく,あくまで,既に持っている知識の中で,新たな組み合わせを作ることでしょうか。

大黒 確かに,普通に考えると,突然素晴らしいイノベーションが閃く,といったイメージを抱きがちです。しかしこれだと,センスやインスピレーションに頼って「イノベーションを起こせ」と言われたら,その人はかなりのプレッシャを感じるでしょうね。

勝力 身近な話で恐縮ですが,私たちコンサルタントが期待される事の一つにクライアント企業に対してイノベーションを起こすということがあると思っています。コンサルタントという,顧客では持っていない知識や視点を持つ人間を一時的に入れることで,組織として知識の多様性を持たせて,イノベーションを起こそうということだと思います。

木崎 コンサルタントであれば,「新しい風」や「目から鱗」などを期待されないことは,まずないですよね。

勝力 だから,コンサルタントの多くは,皆さんの想像以上にいろいろな分野の本を読んでいます。哲学書なんかを読んでいる人間もいますよ。業界に特化した情報しか持っていないと,思考の幅が狭まってしまいます。業界に特化した情報って,クライアント以上のものを身に付けるのは難しいじゃないですか。私たちに期待されるのは,「新しい風」なのですから,業界の知識の上に多くの業種の知識や考え方を広く身に付け,そして新しい提案ができることが良いコンサルタントの一要素だと思っています。

大黒 ただ,ユーザーを経験している人間から言わせてもらうと,コンサルタントの“崇高な方法”には抵抗を感じます。役割としてコンサルタントがイノベーションと大きな声で言うのは分かるのですが,やたらに高い理想像を描くじゃないですか。しかも,2~3日インタビューしただけで言われても,現場はついてきませんよ。

勝力 よく聞きます,そのフレーズ。特に現場の方からは。基本的に人間って,現状をよく理解しているので,そこから逸脱した考え方って受け入れがたいのだと思います。しかし,そんなことではイノベーションは生まれません。自分だけで考えている狭い範囲じゃ,なかなか新しいことは生まれないんです。だから,私たちのようなコンサルタントの力をうまく使うべきなんです。

大黒 そうそう,そうやって,コンサルタントの方々は口八丁で人を煙に巻くんですよ。自分が提案した時も,ユーザーから言われましたよ「だったら,自分でやってみろ」って。勝力さんも「自分でできないくせに,クレームゼロとか,納期2分の1とか,無理難題ばかり言うな」とか言われたことありませんか。

勝力 無理難題だとすると,現場を分かってないというよりも論理的に破綻しているのだと思いますが,改善に関してはそういう部分もあるのではないかと思います。コンサルタントがものを造れる道理がないので,品質とか納期などの問題は,現場で解決していただくしかありません。一緒にQCサークルやってくれと言われても,なかなかお役に立てないことは事実です。

大黒 それって,本質の問題,本当にやらなければならないことから逃げてると思いませんか。

勝力 話がイノベーションから改善活動にすりかわっているように感じます。改革であるイノベーションを起こすには,おのおのに役割があって,我々コンサルタントの立場はイノベーションを起こすためのトリガーを引きやすくすることなのではないでしょうか。社長以下,会社方針を決定する場面において一緒に知恵を出させてもらうんです。大黒さんは,その方針に反旗を翻すのもよしとするのですか。だとするとそういう立ち位置の方に意識を変えてもらう活動を考えるのも我々コンサルタントの仕事の一つだと思います。ありきたりな言葉で言えば、改革を実行するためのチェンジマネジメントって奴でしょうか。

木崎 まぁまぁ。コンサルタントと一言で表してもいろんな方がいて,勝力さんがおっしゃるように,勉強熱心な方もいれば,そうでない人もいる。そして,現場に尊敬される人もいれば,反感を買う人もいる。コンサルタントは決まった作業をするわけではないので,力量を問われるということでしょうか。

勝力 あえて,我々が憎まれ役を担うケースもあります。憎まれ役が外部にいると,イノベーションがスムーズに進む場合が多いのです。コンサルタントの使い方が上手なクライアントの中には,この点を踏まえていらっしゃる方も時折見かけます。いずれにしろ,コンサルタントが現場の実情を知りすぎてしまうと,現状に目が向きすぎて,我々を雇っていただいても効果は出にくいです。

木崎 コンサルタントにお金を払いたくなければ,自社の技術者を他部門に異動させたり、外部に武者修行に出したりすると,自らの手で「新しい風」を得られるかもしれませんね。

勝力 技術者を他部門に移動させる場合は,イノベーションを起こしたいという領域にまったく異質なものを放り込むことになるので,我々コンサルタントを雇う以上に賭けが必要になってくるのだと思いますよ。

木崎 勝力さんの言うような賭けですが,最近は結構,実践している企業が多いように思います。家電の開発部に,まったく関係のない学問を専攻してきた学生を配置してみたり,設計業務に生産技術部門の技術者を協力させてみたり。

大黒 木崎さんが聞かれるぐらいなのですから,それらの取り組みは成功した例なのでしょう。要するにチャレンジに成功した企業ですよね。

木崎 おそらく,チャレンジに成功しなかった企業もそれ以上にあるとは思います。私がこのような話を聞くとまず思うのは,果たして自分自身が異質なものとして専門外の部署に放り込まれた技術者は,どんな気持ちなのだろうかと。会社からは相当な役割を期待されている。ただし,周りには顔なじみがいない。しかも,専門外の領域なので勉強しなくてはならないことがたくさんある。自分がもしそのような立場になったら,震え上がっちゃいますよ。

勝力 あんまり,物おじしない性格の人を選ぶべきですかね。

大黒 論理思考で物事を進める人も,周りから浮きそうですよね。

木崎 もちろん,部署として多様性を持たせることは重要だと思います。でも,これにやる気というか,意欲がなくては,所詮,何も生まれません。

大黒 木崎さんがびびるかどうかは別にして,移動した技術者が自分の力を出せないと,多様性がプラスに働かなくなってしまいますね。もちろん,会社から期待されているので,頑張っていこうという意欲はあるでしょうが,受け皿の仕組みをしっかり準備しない限りは,プレッシャと孤立の中で能力を発揮することは難しいと思います。

木崎 以前,ホンダの福井威夫社長にインタビューをさせていただいたのですが,ホンダには「典型的に失敗した事例を皆で評価する制度がある」と言っていました。「こんな面白いことに挑戦したけど大失敗でした」と明らかにした上で,評価するというのです。これが本当に良いかどうかは分かりませんが,ある程度,失敗を認めてやるようにするのも,異質な技術者が気持ちよく働ける一つの策ではないかと思いました。

大黒 モチベーションのコントロールは確かに難しいですよね。私も,イノベーションを起こすためには,個人ではなく組織として,多様性を確保し,意欲を持たせるという方向が必要と痛感しています。そして,この多様性を確保することは,さほど難しくないと思っています。

勝力 確かに,それ自体はそれほど難しくはないと思いますが,イノベーションを狙ってやるのは難しくないですか?

大黒 組織の多様性をイノベーションまで結び付けようとすると,多様性が経験や知識だけに留まらず,世代の多様性という視点も必要になってきます。簡単に言ってしまえば,年配の世代と,若い世代をうまくミックスアップさせるのです。イノベーションが「経験*意欲」で成り立つ場合,この「経験*意欲」を多様性に求めると,
●経験 自らの培った経験を発揮する人 → 熟年世代経験豊富な年配世代
●意欲 みなぎった意欲を全面に出す人 → 意欲満々の若い世代
この組み合わせでプロジェクトやタスクを組めば,組織として多様性を実現することは可能です。
 ただ,この先にある「イノベーションを起こす」ためには,この世代を超えた多様な人材を一つにした上で,かつ同じ目標に向かわせなければならないのです。これが本当に難しい。

木崎 プロジェクトとなると,それなりに優秀な人が集まってきそうですから,思うところもさまざまでしょう。結果,さらに同じ目標に向かわせるのは難しそうですね。

大黒 多様性の組織の中で,メンバーは守らなければいけないことがあります。それは「他人の意見を否定しないこと」と「結論が出るまで考え抜くこと」の2点です。要するに,「ちゃんと人の話を聞いて,結論が出るまでみんなで話し合う」という単純な話なのですが,吉永小百合と小泉今日子,そしてモーニング娘の世代で,真摯に話し合うことが多様性の中でこれがどれほど困難かは言うまでもありません。

勝力 考え方が異なる人材間の話し合いは,下手をするとぶつかってばかりでいつまでも平行線ということになりがちですよね。

大黒 そこで重要なのが“リーダー”の役割となるわけです。いかにリーダーが議事進行を円滑にし,相反する意見に最後の行事軍配を的確に行い,メンバーを納得させることができるか。この行事軍配を一歩差し違えると,リーダーへの批判,世代間の乖離など,多様性で成り立っている組織は簡単に崩壊してしまいます。

勝力 先ほど議論した,コンサルタントの提案に現場が異を唱えるのも崩壊の1つと言えますね。そこをリーダーが的確に「落とし所」に持っていくということでしょうか。

木崎 以前取材で聞いたことがあるのですが,日本人はいろいろ意見があると「あれも」「これも」と取り入れがちで,結局はっきりとした形にならない。リーダーに必要なのは「あれか」「これか」をはっきりさせた上で,なぜそのような結論に達したのかをきちんと説明できることかもしれません。

大黒 私は昔から言っているのですが,「リーダーの力量以上の改革は存在しない」。よって,異質の技術者を放り込むのなら,その組織を取りまとめるリーダーの選定には気をつけなくてはならないと,声を大にして言いたいです。



【今回の要旨】
■イノベーションを起こすには
   →組織を多様化,いろいろな知識の新たな組み合わせを考える
   →コンサルタントに依頼するのも一つの手,ただし人選は慎重に
   →賭けに出るなら,まったく違った部門の技術者を投入する
   →賭けが成功するか否かは,リーダーの資質いかん