「アサヒる」の「民主主義」
先日、ネット系のニュース・サイトで、「アサヒる」という言葉がネット上で流行している、という話を知った。試しにGoogleで検索してみると、60万件超の検索件数があるではないか。なるほど、「流行している」というニュースは、まんざらデマでもないらしい。
『はてなダイアリーキーワード』によれば、「アサヒる」の意味は「捏造する。でっちあげる。執拗にいじめる」ということらしい。その起源は、2007年9月25日付の朝日新聞に掲載された、コラムニストによる次のようなコメントだ。「『アタシ、もうアベしちゃおうかな』という言葉があちこちで聞こえる。仕事も責任も放り投げてしまいたい心情の吐露だ。そんな大人げない流行語を首相が作ってしまったのがカナシイ」。この「アベしちゃう」に、ネットユーザーが敏感に反応した。コラムニスト氏のブログは炎上し、『2ちゃんねる』では即日、関連するスレッドが立ち「祭り」状態になる。そこでは「そんな流行語は聞いたことがない」「また朝日の捏造だろ」といった書き込みが相次ぎ、その中から「アサヒる」という言葉が生まれた。それが、ネットを通じてあっという間に広まったのだという。
ネットの威力、ということも含めて、何だかものすごく考えさせられる事件である。だが、例の記事自体は、よく引き合いに出される「珊瑚礁の落書き記事(1989年に起きた朝日新聞による捏造事件、沖縄の珊瑚礁で「KY」という落書きを発見したと批判的に報じたが、後の調査で自作自演であることが発覚した)に比べれば、それほどインパクトの大きいものとは思えない。つまり、事件はスレッシュホールド(しきい値)を超える一つの小さなキッカケに過ぎなかった、ということだろう。個人的には、一部報道機関のヒステリックな「安倍叩き」に生理的拒否感を感じていたので、「ひょっとしたら同じような感覚を持っていた人が、実は多数いたということか」とも思う。
突然の必然
似ているかも、と思い出したのは、落語である。子供が縁日で亀を買ってきたが、一晩で死んでしまう。早速、売主に文句を言ったら「亀の寿命は万年、これにウソはない。でも1日で死んでしまったって? それは、昨夜がちょうど万年目だったからだよ」と言い返されてしまう。1日は短いが、その1日が1万年という境を踏み越えたとき、大きな変化が起きるというわけだ。
まあ、これは落語のオチである。けど実際に、ビジネスの世界でもこんな話があると、あるマーケティングの専門家の方にうかがったことがある。例えば洋服の製造コストを抑えるために、ちょっとだけ生地の質を落とす。でも、売り上げは落ちない。今度は縫製を少し簡略化してみる。それでも売り上げは変わらない。そうやって質を少しずつ落としていくと、あるとき突然にガタっと売り上げが落ちるのだという。
「レストランとかでも一緒でしょ。少しずつ食材を落としていっても、最初のうちは気付かれない。でも、ある一線を越えたとき、突如としてバレる。『最近味が落ちたと思わない?』『そうそう、A子もやっぱそう思う?』とか、お客さんの間で噂されるようになってしまう。別に、最近になって突然味が落ちたわけではなく、実際にはかなり以前から少しずつ落ちていたわけですけどね…」
洋服や食べ物に限ったことではない。あらゆる商品に関する世評からブランドの人気、さらには企業の技術力や経営者個人の評判まで、堅実に保ってきたかのようにみえる評価が、ほんの小さなキッカケで真っ逆さまに落ちていく。そんな場面を何度も目にしてきた。どうでもよいことかもしれないが、なぜこのようなことがなぜ起こるのだろう。それが気になって、ここしばらく考え続けてきた。
ポジショニング
これが理由の一つか、と目星をつけたのは、「人間というのは追従する存在である」ということだ。以前にも紹介したルーシー・クラフトさんのコラム『「社長のジョーク」で知る会社の危険度』にこんな話が出てくる。
ある調査のため、学生が募集されていくつかのグループに分けられる。第1グループには、そのうちの何人かに賞金が贈られることが告げられる。こうすることで、主催者と被験者の間に上下関係を作るわけだ。次に、このグループの前に主催者が立ち、つまらないジョークを披露する。「気に入られたら賞金がもらえるかも」と思った第1グループの学生は、みな笑う。対照的に、賞金がもらえるとは思っていない第2グループの学生は、誰も笑わなかったという。よくある「ゴマすり」「へつらい」の光景である。
面白いのはここからだ。第1グループと同様に賞金が出ると告知された…(次ページへ)
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