さらにこの税制についていえば、課税の基準があまり明確でないという問題もあります。課税の対象となるのは、日本の本社と海外製造子会社や販売子会社との間の無形資産取引。例えば、日本の本社が開発した技術やノウハウに基づく製品製造、本社のブランド等を使用した販売などです。課税のためには、こうした課税対象を具体的な金額で評価しなければなりません。

 例えば、のれん代(ブランド使用料など)、技術(特許など)といった無形資産取引は、見えない資産(Invisible Assets)取引と言われ、極めて定量化しにくいものです。技術などの取引を定量化する場合、それが独自技術であれば比較可能な同種同等の技術は一般的に存在しないので、「独立企業間価格」の算定が原則できません。のれん代なども同様です。業種によって評価は全く違い、比較対象とする企業や取引を見出すことが難しい。関係者の話を総合すると、この算出をどうも「明確な基準もないまま国税庁の担当者の裁量で決めている」ようなのです。

 無形資産的な価値の算出だけではありません。無形資産が国外子会社の利益にどの程度貢献したが、その貢献に見合う適正な対価が本社に支払われているかなども、明確に評価することが難しいものの好例でしょう。さらに、近年拡大している外・外取引における利益の算出も大きな課題になってきました。外・外取引とは、日本の本社が取引に介在せず、海外子会社が製造から販売まで行う取引を指します。

 従来は、日本の本社と海外子会社間のモノや技術の取引において、本社が海外子会社に提供する無形資産や役務(経営企画、会計・税務・法務、資金調達、為替リスク管理、マーケティング、労務管理など)の対価を回収することができました。ところが、外・外取引では日本の本社が取引に関与しないため、日本の本社が提供する無形資産や役務の対価回収が困難となります。日本の本社が提供する無形資産や役務のうち、海外子会社の利益に貢献している部分をどう評価し、どの程度対価として利益回収をするかが移転価格税制上問題となっています。

 税制の専門家ではない私などは、いったいどうやったら具体的な金額が産出できるのか見当もつきません。実際に、移転価格税制にまつわる問題が起きると、企業はその対応に多大な費用と労力、そして時間を浪費することになるといいます。それでも「見解の相違」は出るもの。それが原因で処分を受けることとなった場合には、追徴税額、ペナルティ、延滞税といった莫大なコストを負い込むことになるのです。企業にとっては、大きなリスクと言わざるを得ません。

 実際、移転価値税制の追徴額は、2005年度で2836億円、100件を超えています。2006年6月には武田薬品工業が大阪国税局から1223 億円の移転価格税制により更正処分(申告した所得金額の修正)を受けました。追加納付すべき税額は約570億円にのぼるといいます。

目先の税収より体力強化

 この、大きなリスク要因となる税制が企業から「利益を国内に再投資しよう」という意欲を著しく削いでいるのでは、というのが私の懸念です。もしそうだとすれば、どうすればいいのでしょうか。

 簡単な話です。課税基準を明確にして、行政の裁量で行えなくすることです。当然、課税基準は相当緩やかなものにしなければなりません。すでに経済産業省では2006年末から「移転価格税制研究会」を設置し、同税制の運用基準の明確化などに向けた検討を行っているようですが。

 加えて、二重課税の問題を解決しなければなりません。日本政府が移転価格課税を行った場合、日本における増加課税分が子会社の所在国において減額されなければ二重課税となります。これを防ぐためには、国税庁に外国の国税当局との調整を行う枠組みや体制(租税条約に基づく相互協議)を整備しなければなりません。企業の方の証言によれば、現状では、このような外国政府との交渉は当事者である企業に任せきりになっているようです。

 ちなみにアメリカでは、2006年に海外の利益をアメリカ国内に移転する時は「無税」するという時限立法を作りました。その結果、金融資産を主とする海外資産がアメリカに戻され、そのことが資金の流動性を高めているようです。一方、わが国は製造業の利益が海外利益のほとんどを占めています。アメリカのような税制措置でこの資金が日本国内に循環するように仕向ければ、それは研究開発投資や設備投資に向かい、「イノベーション力」を強める方向に働くはずです。

 税収を確保するのは重要なことでしょう。しかし、搾り取った結果として産業が疲弊すれば、かえって税収は減り、さらなる重税を課さなければならなくなるという悪循環に陥ります。そのことを踏まえ、いまこそ政治は、長い不況やリストラで体力を奪われた産業の再生と競争力強化ための政策を打ち出すときではないでしょうか。長期的にみれば、それも立派な税収確保の方法なのですから。

著者紹介

藤末 健三(ふじすえ けんぞう)
早稲田大学客員教授 中国清華大学客員教授 参議院議員

1964年熊本県生まれ。86年東京工業大学卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に行政官として入省。95年マサチューセッツ工科大学経営学大学院に留学、96年には同大学院とハーバード大学行政政治学大学院で修士号を取得。99年東京工業大学で学術博士号(Ph.D)を取得し通商産業省を退く。同年東京大学大学院工学系研究科専任講師に就任、2000年から同総合研究機構助教授。04年民主党参議院選挙に比例区で当選する。05年からは早稲田大学客員教授、中国の清華大学客員教授も努める。公式ブログはhttp://www.fujisue.net

本稿は、技術経営メールにも掲載しています。技術経営メールは、イノベーションのための技術経営戦略誌『日経ビズテック』プロジェクトの一環で配信されています。