週刊『東洋経済』の12月23日号によれば、家電は炎上しているのだそうだ。副題には「薄型テレビ全面戦争の内幕」とある。仁義なき価格戦争の泥沼を、こう表現しているらしい。

 久々に薄型テレビ売り場を訪ねたら、なるほど炎上していた。なに、量販店の前で昔の彼女に偶然出くわしただけの話だが。いっしょに、今度買うテレビを見てくれと言う。詳しいでしょと。

 詳しいつもりでいたのだが・・・。

 売り場に入ってすぐディスプレイされていたのはシャープのアクオスだ。今や液晶画面のエキスパートがシャープだという事は誰でも知っている、のだろうか。「亀山」とポップアップに書いてある。亀山工場なら知っている。でもそれがなんでブランドなの?

「日本製だという意味です」

 売り場の販売員が答える。今から注文しても年内の納品は無理だそうで、それほどの独占マーケットなら他の家電メーカーはあきらめそうなものだが。日本の場合そうではない。松下電器産業にはCMキャラクター小雪の巨大なポップに負けない、58V型のプラズマテレビがある。プラズマ4機種、液晶32型1機種を松下電器はこの年末投入したのだそうだ。ソニーはブラビア計8機種。そして奥のほうにひっそりと東芝レグザがある。

「玄人好みなのは、レグザだって技術さんが言うのよ」

 テレビ局勤めの彼女が言う。お目が高いとでも言うように、店員が脇の回路シールを指す。

「デジタル回路部分が各グレードで同じく高品質なのはレグザだけなんですよ。だからあとは、装備の違い。テレビの後ろ側にハードディスクがついていまして・・・・・・」

 同じだと思っていた薄型テレビが、各社でずいぶん違いがあるとわかってきた。わかったはいいが、しかし、だんだん説明を聞くのが苦痛になる。

「ソニーで比べてみます? ソニーは各グレードで差があります」

 なるほど。ソニーは40型と46型で1920×1080のフルスペックハイビジョンパネルを搭載している。店員は動画色空間の国際標準規格“xvYCC”に初めて対応している、などというが、意味するところがわからない。いや、イカの赤ちゃんが映っているのを比べると、確かにxvYCCはすごいような気がしないでもない。

「だからブルーレイが必要だというわけですよ」

 なるほど。売り場の各社テレビが映し出しているのはHD(高精細)のハイビジョン放送だが、HDでない映画のDVDをかけている画面は見劣りがする。

「こっちは松下が作った比較用のVTRです。残像がないでしょう?」

 中心に線のはいった画面で女性がブランコに乗っている映像が流れる。なるほど。ゆらぎがない、ような気がする。

「1秒に90回点滅しているからです。シャープはやらないそうですが」

 彼女の目が三角になった。わからない物に出会って深刻になるときの癖だ。回路があって、世界規格があって、裏技がある。戦車と戦闘機と軍艦を比べているようなものだ。現行の薄型テレビを理解するにはファイナンシャルプランナー並の知識を持ったアドバイザーが必要なようだ。ソニーは黒が美しい、とか単純に言えた良き時代が懐かしい。

 いかにも付け足しだが、このコラムのテーマ、これでは世間があいまいになっていくのも仕方ない。画面はどれも美しく、素人の我々にはどれでも文句はないのだから。

 家電は、勝手に炎上しているのだった。

【注】このコンテンツは、以前に日経ベンチャー経営者クラブのサイトで「美しくて、あいまいな日本」というコラムの記事として公開されていたもので、Tech-On!に再掲いたしました。

著者紹介

神足裕司(こうたり・ゆうじ)
1957年広島生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科卒。筒井康隆と大宅壮一と梶山季之と阿佐田哲也と遠藤周作と野坂昭如と開高健と石原裕次郎を慕い、途中から徳大寺有恒と魯山人もすることに。学生時代から執筆活動をはじめ、コピーライターやトップ屋や自動車評論家や料理評論家や流行語評論家や俳優までやってみた結果、わけのわからないことに。著書に『金魂巻』『恨ミシュラン』あり。