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税金で万馬券を買うが如し

神足裕司
2006/11/08 22:13
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 安倍政権の重要な政権構想にイノベーション25がある。日本経済にイノベーションで新しい力を与えて2025年の社会を作ろうというのだ。これほど本末転倒な話があるだろうか。識者が会議で重点投資分野を決めるらしい。今は19世紀か? 日本政府は富国強兵か重商主義政策でもとるつもりだろうか。

 イノベーションとはヨゼフ・シュンペーター(1883~1950)によって提示された概念で、「技術革新」あるいは「新結合」と訳す。それはけっこう。内燃機関の登場はそれだけではおもちゃにすぎず、鉄道や汽船が走って世界交通のイノベーションとなった。だが、それは何千何万という起業家が死屍累々の失敗を積み重ねての結果だ。

 政府主導で重点投資分野をつくるのは、税金で万馬券を買うようなものだとどうしてわからないのだろう。政府が金をくれるというので電機各社が渋々参加している日の丸検索エンジンはどうだ。「グーグル」と「検索」とは、次元が違うものだということを知らないのか。

 広島市から約20km東に位置する熊野町に白鳳堂という筆の会社がある。その白鳳堂は、世界の化粧筆の約60%を生産している。

 昨年ブッシュ大統領が来日した際、小泉首相は夫人にこの白鳳堂の化粧筆を贈った。「初めて見たんだけれどもね、あれを実際に使ってみると気持ちいいですね。特に、リスの毛でつくった化粧筆、ちょっとやってごらんなさい、で、やってみたの。触ったらあの柔らかさ、すごくよかったですよ。これを、パリを始め世界中に今、日本は輸出しているんです。歌舞伎役者あるいはハリウッドの映画俳優のメーキャップに、今はもう欠かせないものになっているそうです。化粧筆を使ってみてね、これだとお化粧は楽しくなるんじゃないかなと私は思いました」と、当時の小泉首相がラジオで語っている。

 政府が補助を出して筆職人を養成したわけでは、もちろんない。中国製の安い筆に押されて、青息吐息になった会社を建て直そうと高本和男社長が、ニューヨーク在住の日本人メーキャップアーティストに売り込み、それが縁でカナダの化粧品会社「MAC」を紹介されたのは1995年のことだったという。驚いたのは「MAC」の方だ。
「ほんとうにこんな良い筆ができるのか? 量産は可能か?」
「できるから持ってきたのだ」

 そう高本社長は答えた。

 以来、化粧用の筆は普及し、メークアップのプロくらいしか使わなかったものが、一般女性にまでユーザーは広がった。ご婦人方の口紅は昔、先っぽが丸かったものだが、今は穴が空いている。筆で紅をとって塗る方が、うまく、気持ちよく塗れるからだ。

 江戸後期、奈良から持ち帰った技術を基に、農閑期の仕事として筆作りを始めた。そしていつしか、熊野は筆の里と呼ばれるようになった。その歴史を背負う白鳳堂が世界一になったのは、ひとえに意地で品質を求めたからだ。

 高本社長の狙いは化粧筆ではなかった。人形作りなどに使う面相筆や漆用の筆。人形や漆器は、筆がなくなれば廃れる。だから、採算を度外視しても職人技にこだわり続けた。美しい日本を求めた結果だ。そして結果的に、ご婦人方の化粧法すら変えることになった。

 イノベーション25では、偉い識者の先生方が額を寄せ合い「あいまいな」会議を無数に、延々と繰り返すことだろう。それで、筆の一本でも作れるようになるのだろうか。

【注】このコンテンツは、以前に日経ベンチャー経営者クラブのサイトで「美しくて、あいまいな日本」というコラムの記事として公開されていたもので、Tech-On!に再掲いたしました。

著者紹介

神足裕司(こうたり・ゆうじ)
1957年広島生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科卒。筒井康隆と大宅壮一と梶山季之と阿佐田哲也と遠藤周作と野坂昭如と開高健と石原裕次郎を慕い、途中から徳大寺有恒と魯山人もすることに。学生時代から執筆活動をはじめ、コピーライターやトップ屋や自動車評論家や料理評論家や流行語評論家や俳優までやってみた結果、わけのわからないことに。著書に『金魂巻』『恨ミシュラン』あり。

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