成果については大変結構だということになったのだが,事業化のところで議論があった。大きく分けて二つの意見が出された。一つは「せっかく税金を使って開発した技術なのだから,他のアジア諸国の企業などへの技術流出を防いでほしい」。もう一つは「せっかく税金を使って開発した技術なのだから,最終の部品や製品はもとより,材料や装置についても積極的に外販してビジネスを拡大してほしい」---。「せっかく税金を使ったのだから…」という点では共通しているのだが,これまでの文脈からいうと前者が「ブラックボックス化戦略」,後者が「オープン化戦略」という違いがあるということになろうか。

 筆者は質問してみた。「材料や装置を外販するということは,技術流出の可能性が出てきますが,そのあたりの対策はどのように考えていますか?」。それに対しては「当面,外販は日本の企業だけにとどめたい」という回答であった。筆者としては「ブラックボックス化戦略」としても「オープン化戦略」としても中途半端という印象を受けたが,それだけ両者のコントロールは難しいということなのであろう。

「標準化」なくして「プラットフォーム」はつくれない

 さて小川氏の論文に戻ると,「両者のコントロール」のポイントとは,モジュール内部に自社の技術ノウハウや知財を押し込めてブラックボックス化するとともに,その外部インタフェースだけを公開することである。そこで重要なのは,インタフェースの標準化を主導して,自社のブラックボックスの部分から外部インタフェースとさらにそれに連なるオープンな世界をコントロールすることである。「標準化を主導すること無くしてこのような技術戦略を実現させることはできない」と小川氏は書く(同論文,p.5)。

 そして小川氏はこのようなブラックボックスをベースとしてオープンな世界を支配するという意味での「プラットフォーム」が形成されたときに,モジュラー化やコモディティー化が進んだ状況でも日本の製造業が競争力を上げられる道だと見る。

 このようなブラックボックス戦略込みのプラットフォームを形成して成功した事例として小川氏は,米Intel社,米Microsoft社,米QUALCOMM社を挙げる。Intel社はPCIバスやUSBインタフェースを標準化し,Microsoft社やQUALCOMM社はAPIなどの外部インタフェースはデファクト・スタンダードとして公開するが,内部はブラックボックスとしてそこからコントロールしているのである。

付加価値の入れ物としてのブラックボックス

 この3社の例からみて,プラットフォーム戦略で成功するために必要な条件としてはどのようなことが挙げられるだろうか。まず重要なのは,製品の付加価値を自らのブラックボックスに集中させるという動きであると思われる。

 自然な流れなら,製品の付加価値の主たる部分については,パソコンなり携帯電話機なりの最終製品メーカーが持っているノウハウが握るはずであろう。それを覆して,基幹部品メーカーが主導権を握るためには,最終製品側のノウハウを基幹部品側に移す必要がある。

 例えばIntel社は,自らのマイクロプロセサ(MPU)に最適設計されたPCIバスを業界標準にしたり,DRAMの独自仕様をデファクト・スタンダードにしたりといったさまざまな手練手管を使ってパソコンという完成品が持つノウハウをすべてMPUやチップセットなどに集中させていった。

 製品の持つ付加価値がほぼ一定だとすると,自らの領域の付加価値を上げるには,他社の領域の付加価値を下げる必要がある。デジタル技術という技術のトレンドにうまく乗ったとはいえ,他社の領域の付加価値を下げようというIntel社の執念には凄まじいものがあるように見える。

 その際にIntel社が積極的に活用したのが,台湾などアジア地域の新興メーカーであった。その当時はまだアジアの企業はそれほど技術的な蓄積がなかったので,Intel社はマザーボード・メーカーに対してMPUやチップセットだけでなくこれらを使ってマザーボードを組み立てるためのリファレンス・デザイン(参照設計)も提供した。パソコンメーカーに対しては,標準的な筐体の設計やリファレンス・デザインはもちろん,数年先までの設計ロードマップまで示してパソコンを多数のメーカーが簡単に作れるようにした。

他社はコモディティー化の海に沈める

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