仮想敵はだれか

 この構造が、崩壊の危機にさらされている。それを呼び込んだ最大の要因は、中国などアジア勢の台頭だろう。大企業は、かつてコスト競争力で優位にあった国内の下請け会社から、さらに強力なコスト競争力を誇るアジア勢に調達先をシフトさせている。中小企業は、例えば中国企業とコストで競わなければならないという、厳しい状況に置かれたのである。

 食品、雑貨などを中心に、中国製品が世界中で問題を引き起こし、中国企業への生産委託や中国製品の調達を見直す動きも出ているようだ。しかし、中国が問題を起せばインドなどほかの新興工業地域がそれを穴埋めしつつ競争力を強めていく。中国も、このまましぼんでいくとも思えない。大きな流れは変わらないだろう。

 この流れを側面から加速しているのが、「垂直統合から水平分業へ」という動きである。かつての総合メーカーは、材料・部品製造、組み立てから販売まで、すべてを一貫して自社、あるいは傘下、系列の企業で手掛けることを常としていた。この業態が、パソコン業界などから崩れ始め、今では自身のビジネス・ドメイン(事業領域)を規定し、それ以外の部分は外部調達/外注/委託するということが当たり前になっている。そしてこの構造変化は、三歩進んで二歩下がりながら、全産業にじわじわと広がっているようだ。やはり、大きな流れとしては、この傾向はしばらく変わりそうにない。

 こうして考えていくと、日本の「下請け型中小企業問題」は極めて根が深く、補助金のようなカンフル剤的処置で全快できるたぐいの問題ではないことがわかる。ではどうすればよいのだろうかということで、多くの人たちと議論し私なりに整理して出した結論は、「仮想敵を同じ下請け仲間の中国企業ではなく、大企業に切り替えよう」ということである。きわめて高いハードルであるのだが。

 大企業と戦って勝つには、それぞれの分野に適した個別の戦略が必要だろう。ただ、共通して言えることもある。大企業には「規模」という絶対的なメリットがあるが、それは同時にデメリットでもある。そこを突けばよい。具体的に言えば、スケール・メリットが効力を発揮する分野、設備投資などの「体力勝負」のビジネスでは大企業に対抗できない。そこを避けつつ、「大企業病という弱点を逆手に取る」のだ。

 大企業病とは具体的にはどのような疾患であるかについては様々な解釈があるが、まず言えるのは、組織が巨大化して官僚的になった結果、組織内の意志疎通が不全になり、さらには組織階層が深くなることで意志決定に多大な時間と労力を要するようになる、ということだろう。企業風土が唯我独尊的、閉鎖的になるということも多くの方々が指摘している。この結果として、社員の注意はマーケットではなく上司の顔色や社内事情といったものに多く注がれることになり、重症になれば顧客の信頼を失い、ときに大きな事件を引き起して社会的な制裁を受けることになるのだと。

 逆に考えれば、「顧客のニーズを汲み取る感受性」や「社会環境の変化に即時対応できる身軽さ」ということで競えば、コンパクトでフラットな構造の中小企業のほうが本来は有利であるはずだ。現実としてそれらの点で大企業を凌駕する力を身に付けていれば、成長のシナリオはいかようにも書けるような気がする。

 「それは確かにそうだけれど、中小企業なのに大企業以上に大企業病が深刻、なんていう笑えないケースがけっこう多いんだよね」と、あるコンサルタントの方が言っておられた。そうだとすれば困ったものだ。まるで打つ手がなくなってしまう。

 いや、ひとごとではないのである。出版社である弊社だって、大メーカーなどとは規模で遠く及ばない、中小企業のようなものなのであるから。