当時、取材先の会社はA方式という技術を採用していたのだが、一般的にはB方式が主流になりつつあった。当然ながら取材では両方式の優劣に話題が集中し、これまた当然ながら取材対応者はA方式の優位性を説き、自社がA方式にこだわる正当性を見事に主張してくれた。それをうかがい、「なるほど」と何度も頷いてしまったのである。

 取材後、近所の居酒屋に行った。そこに、先輩編集者と旧知の間柄である取材対応者が合流し、「ところでどうなのよ」という話になった。さっきの延長戦が始まるのかと思いきや、その席で彼が熱く語ったのはB方式の優位性だった。つまり、先ほどの取材とは正反対の主張を繰り広げてみせたのである。このとき学んだのは、「組織に属している人間は、公式な場では単なる組織の代弁者となってしまう場合がある」ということであり、「経営者の主張や社の方針を確認するために現場の声を聞いたとしても、それだけで『ウラをとった』ことにはならない」ということだった。

 では、真実を知るにはどうすればよいのか。すぐに思いつくのは、ウラをとるために得た証言が本当に正しいかどうかを知るために、「ウラのウラをとる」ことである。その場合は、第三者に証言を求める必要があるだろう。だが実際には、事情を良く知る第三者がすんなり見つかるとは限らない。石屋製菓の場合でいえば、例えば最近退社し、現在は会社に何の未練もなく、かつ社内事情に通じていた社員を探し出してその実情を聞くという、極めて困難な作業が必要になる。

 もちろん、確認したい事項が社内事情にからまないものであれば、それを語るに足る第三者を見つけることはよほど容易だろう。だが、それができたとしても、それで万全とも言い切れないのだ。実際にこんなことがあった。

 AだBだでは味気がないので少し具体的にいえば、液晶業界の話である。1990年代前半の話だったと思う。当時はまだ高価だった液晶パネルの価格動向を占うためにデータを収集していたところ、おかしなことに気付いた。当時は「大型設備投資ブーム」のまっただ中だったのだが、その結果、数年後には供給量が需要予測をはるかに上回る水準に達してしまいそうなのである。これが現実になれば、液晶パネルの価格は供給過多で大暴落し、液晶パネルメーカーは苦境に陥るだろう。

 早速、液晶パネルメーカーに取材してみた。すると「もちろん自身の存亡にかかわる問題だから、真剣に生産計画、つまりは設備投資計画を練っている。他社の動向には目を光らせているし、需要予測もしている。絶対に大丈夫」という答えが返ってきた。普通なら「そうですよね、すみません、無用な心配でした」で終わらせてしまうのかもしれないが、そのとき私はなぜか執拗に食い下がった。「そこまで言うなら見せてやろう」と示されたのは、某有名調査会社の某有名アナリストの手による業界レポートだった。「今こそ攻めの投資の時期であり、今積極投資をしている企業の株は『買い』だ」とある。「世界に冠たる調査会社が精査してそう結論付けているのだから間違いない」というのだ。

 さっそくウラをとらねばということで…(次のページへ