先日,中国ビジネスのコンサルタントをしていて月の半分は中国に滞在しているという方とお話しする機会があった。中国ビジネスは刻々と変化しているが,特にここ1~2年で,製造拠点の内陸部へのシフト,沿海部の物価高騰と人材不足,市場急拡大に伴う設計開発部門の強化---と大きく動いている。日本の製造業もこの流れに乗って中国ビジネスをさらに強化しなければならないという機運が高まっている。しかし,そうした積極的な対応の一方で,撤退に追い込まれる企業もある。特に,厳しい状況に直面しているのが中小企業だという。

 典型的なケースは次のようなものだ。日本の大手メーカーが組み立て工場を中国で立ち上げることなり,部品を納入している中小加工メーカーにも中国進出をすすめる。その加工メーカーは日本から技術者を現地に出向させ,現地で中国人を雇って加工技術を教え込み,なんとか工場を立ち上げ,部品を大手メーカーに供給し始める。ところが,そのうち中国人社員が辞めてしまう。その社員は,マスターした加工技術を生かして現地メーカーを立ち上げ,同じ部品を半分の価格で製造,さまざまな組み立てメーカーに売り込む。そして頼みにしていた日本の大手メーカーまで,コストダウンのためにその現地メーカーの部品を採用---。

重くのしかかる出向者の人件費負担

 もちろん大手メーカーでも中国で苦労しているところは多い。しかし,中小メーカーはさらにいくつかの重荷を負っている。まず,コスト競争力を考える上で,日本からの出向者の人件費負担率が大きい。大手メーカーならば規模が大きく現地採用者も多いので,出向者を何人か出しても全体に占める比率は小さいが,中小企業では出向者の人件費負担が重くのしかかる。加えて,模倣によって「ほぼ開発費なし」で部品を作り出すような一部の現地メーカーともコスト競争しなければならない。

 冒頭の中国通のコンサルタントの方は,このような状況下で「コストで争っても勝負にならない」という。

 できる限り出向者を少なくして,現地で管理職も含めて中国人社員を雇い入れればよいのだが,沿海部の製造系中小メーカーの雇用状況は悪化してきている。中国政府は,内陸部への製造業の誘致を推進しており,外資,ローカル共に内陸部での製造拠点が増えている。それに伴い,内陸部から沿海部への,いわゆる出稼ぎが減ってきているという。例えば,旧正月(春節)で従業員が帰省したとき,故郷でも働き場があることを知り,帰ってこなくなるケースが増えている。

 さらには,日系メーカー同士で従業員の取り合いのような状況も起きてている。そうなると,圧倒的に大手メーカーが有利である。実際,ある沿海部の地区に大手日系メーカーの工場が鳴り物入りでこのほど建ったが,中国政府はその工場まで鉄道線路を敷設するほどの厚遇ぶりだった。通勤に有利なこの工場に,既存の日系中小メーカーの工場に勤める社員が相当数転職してしまったそうだ。

 もっとも,「転職や起業をもたらす原因は,当の日系メーカーにもある」とその中国通の方は語る。これは大企業や中小企業問わず日系企業全般に言えることではあるが,中国人のメンタリティーを理解しないで失敗するケースが多いのだそうだ。とりわけ中小企業は,大手企業に比べて中国の事情を分析する余裕がなく,しかも日本的な家族的経営をしているところが多いために,日本流がなかなか通用しないという認識をしっかりもたなくてはいけない,という。

「もっと“格差”を」…

 例えば,従業員の賃金体系の決め方一つとっても,日本流は通用しない。中国では,現場のオペレーターと管理職・エンジニアの賃金とでは,平均して20~30倍くらいの差がある。一般社員と管理職でそれほど差のない日本企業で仕事をしてきた日本人にとっては,こんなにも格差をつけることに躊躇してしまう。すると,中国人の管理職やエンジニアは「差がないのは魅力がない」と考えて転職の原因になるのだという。

 さらに重要なのは,将来のキャリアパスを示さないと従業員のモチベーションを高められない,という点である。「現在の職場で高く評価されたら,どのようなポストや待遇を用意するのか?」と必ず聞いてくる。そこをきちんと示せないと将来性がないと判断されて辞めていく。

 では,どんなポストと待遇なら残ってくれる可能性が高いのか。筆者がその質問を中国通のコンサルタントの方にぶつけると,その方はこう教えてくれた。「高給であることはもちろんですが,頑張れば『社長』になれる可能性があるということを示すことでしょうね」。中国人は一般的に,日本人よりも社長になりたいという思いが強いのではないか,とその方は考えている。

 それを聞いて,筆者はある中小企業の日本人社長のことを思い出した。その社長は筆者の知人で,2年ほど前にその方は中国に小さな会社を独資で設立して,管理職としてある中国人の方を雇った。その知人は出張ベースで中国と日本の会社を往復していたが,その中国人がしっかり切り盛りしてくれてビジネスは順調に立ち上がった。そしてある時,知人が出張してみると,その中国人が許可なくいつの間にか「総経理」になっていた,というのである。その知人はさすがに驚いたが「優秀だし,そんなになりたいならまあいいか」と事後承認したのだという。

 その中国人や知人の対応の是非はともかく「思い切って社長に据えるのも手です」とコンサルタントの方は語る。「日本人を1人出向させるコストを考えれば,社長が務まるほど優秀な中国人を雇うことはそう難しいことではない」のだそうだ。また,中国社会では「社長」という肩書きがなければ相手にされずビジネスがスムーズに進まないという事情も勘案する必要がありそうだ。

「君,給料いくら?」