先週の土曜日(1月27日),ひきこもりの青年を訪問して社会復帰を促すNPO法人の活動を描いたNHKのドラマ「スロースタート」を観た。水野美紀扮する主人公の谷口未散(たにぐち みちる)は,このNPO法人のスタッフである。スタッフの仕事とは,ドラマの中で彼女が語るせりふによると「心を閉ざした若者たちの心に話しかけ,ゆさぶりをかける。そして外に引き出し,社会へとつなぐこと」だという。

 このドラマは何回かのシリーズもののようだが,今回の番組には,某一流工科大学の機械科に入学したものの退学し,自宅に引きこもって5年経つ,という青年が登場した。未散をはじめとするスタッフたちがあの手この手で,嫌がる青年を根気強く説得する。青年は次第に心を開き始め,やっとスタッフ4人で海水浴に誘い出すことに成功する。浜辺でビーチバレーをしていて,ボールがふとしたはずみで海に落ちてしまい,スタッフの一人が何の気になしに,その引きこもりの青年にボールをとってくれるように頼む。しかし,青年は波が怖くて取りにいけない。それに気付いたスタッフはあわててボールを代わりに取りに行き,雰囲気を変えようとスイカ割りをしようと誘う。

「ぼくは空っぽでなんにもない」

 スイカ割りの準備をにぎやかに始めるスタッフたちの様子を見ていて青年は呆然と立ち尽くす。青年が大学時代に経験したある出来事が,フラッシュバックのように蘇ったのである。場所は大学の工作室のようなところ。青年の仲間たちがロボットのようなものを組み立てている。青年はある部分を担当していたのだが,遅々として進まない。忙しく立ち働く仲間の一人に「まだか?トロいんだよ!」と言われてしまう,という情景である。

 この経験がきっかけで,青年はひきこもりになってしまう。浜辺でボールを持って立ちすくむ青年は突然,「やっぱりダメや」と搾り出すような声を上げる。びっくりするスタッフたちが理由を聞くと「何もできないから。学校でも馬鹿にされて…」と体験の一部を話す。それを聞いてスタッフの一人はこの青年はいじめにあっていたのではないかと勘違いするが,青年は否定してこう言う。

違うんです。いじめとかそんなんやないんです。
ぼくは空っぽでなんにもなくて,やりたいこともなくて…。
だいたい僕は機械なんて興味なかったんや。大学って偏差値できめるもんやなかったんですか。いきなり,やりたいことをやれとか,やりたいことは何だって言われたって,僕には分からない…。
僕は,挫折もできない…

 と言って,泣いてうずくまってしまう。そしてまた,これまで以上のひきこもりに戻ってしまうのであった。主人公の未散は,説得する過程で「やりたいことは何?」と聞いたことがかえって逆効果だったことを反省して落ち込む…。

 といったストーリーなのだが,このドラマの内容をここで紹介したのは,ひきこもり問題自体を取り上げるためではない(これはこれで製造業にとっても深刻な問題ではあるが)。このドラマでスタッフたちのミッションであるひきこもり青年と社会を「つなぐ」というキーワードが妙に気になったからである。

「つながっている状態」=「エンゲージメント」

 というのは,ドラマを観た日の前日(1月26日),大阪で当社の広告関係のイベントがあり,演目の一つであった立命館大学の小泉英昭氏の講演の中で「つながる」という言葉が頻繁にでてきたからであった。ここで「つなぐ」のは,「消費者」と「製品またはメーカー」である。小泉氏は,消費者がメディアの広告などを通じて製品の良さを理解し「つながっている」状態を作り出すことが大切だと強調した。

 「つながる」というのは抽象的な表現だが,消費者が製品に対して能動的に愛着を持つような状態をいうようだ。近年広告業界では,広告の効果をさまざまな手法で数量的に把握する一方で,このような質的な効果を追求する方向にあるという。この「つながっている状態」は,マーケティングの正式な用語としては「エンゲージメント」と呼ばれ,米国では極めてよく使われる言葉になってきている。日本では「絆」とも翻訳され,次第に流行し始めている。

 ということで,マーケティングの研究者たちは,いかに「エンゲージメント」を達成するかに躍起になっているが,そもそも「エンゲージメント」とはどのような状況で,それによってどのような効果が得られるのかすら,まだよく分かっていないのだと言う。

 それでも筆者が小泉氏の話で特に面白いと思ったのは,この「エンゲージメント」は,消費者の「無意識」の世界で起こっているのだというくだりである。小泉氏によれば,「意識させないようにつながっていく」ことが重要なのだという。

 逆に言うと,意識の世界で「つながり」を持とうとするとかえって逆効果になるということのようである。例えば,テレビ番組の中で作中の人物が商品をストーリーの中で使う「シームレスCM」という手法がある。小泉氏の調査によると,こうした露骨に「つながり」を持とうという広告は,視聴者には「『裏』が見えてかえって嫌われてしまう」のだと解説する。

 「つながり」を持とうとすると,「つながり」が持てない。前回のコラムで書いたように,「金儲けをしようとすると,金儲けができない」(Tech-On!の関連記事)という状況になんとなく似ているような気がする。本来の目的を追求しようとするとかえって目的から遠ざかるという「宿命」のようなものがこの世界にはあるのだろうか…と考え込んでしまうのだが,「つながる」ということについては,消費者の「無意識」にうまく働きかければよい,という回答の糸口があるようである。

 そのためのヒントはないかと,本や論文などを漁ってみたら,一橋大学 大学院 国際企業戦略研究科 専任講師の藤川佳則氏の書いた「脱コモディティ化のマーケティング,顧客が語れない潜在需要を掘り起こす」(『一橋ビジネスレビュー』2006年SPR. pp.66-78)という論文が目にとまった。

「意識できる部分はわずか5%」