米国自動車産業のメッカ,デトロイト。その中心街であるダウンタウンにはGMの本社がそびえ(図1),モーターショーなどの自動車関連イベントが開催されるイベント施設「COBOセンター」がある(図2)。筆者は先週(2006年4月2日~4日),5年ぶりにデトロイトを訪問した。SAE 2006(米自動車技術会 年次総会/展示会,SAE 2006の特設サイト)の取材などのためである。短い時間ではあったが,タクシーやホテルでの体験を通じて最近のデトロイトの現実に触れたような気がした。

デトロイト空港からダウンタウンのホテルへ

 4月2日の昼間,成田からの直行便でデトロイトの空港に降り立った。5年前はタクシーは数台しか止まっておらず閑散とした感じだったが,利用者が列をなしていてなかなか盛況である。乗り込んだタクシーも革張りシートの高級車で快適だ。タクシーの窓から見る街並みも綺麗になったように感じる。

 タクシーの運転手は,ハイウエーを150km/hで飛ばすときも,交差点を曲がるときも,空港を出てからホテルに着くまでずっと片手に携帯電話を持って誰かと話しながら片手運転だった。デトロイト滞在中に何回か乗ったタクシー運転手のほとんどが運転しながら携帯電話を使っていた。通話しながらの運転が流行っているのだろうか。

 タクシーは展示会場の近くにあるホテルで止まった。筆者は過去に3回デトロイトに来たことがあるが,実はこのホテルはいつも満杯で予約がとれなかった。それで2001年に来たときは,スラム街の中のホテルに泊まらざるを得なかった。壁に銃弾が打ち込まれた跡があり,窓には穴が開いていて寒風が入ってくるようなホテルで,さすがに少し心配だったのを記憶している。そのため,今回のホテルには大いに期待していたのだった。

 しかしその期待が裏切られるまでにはそう時間はかからなかった。タクシーは一方通行のためホテルの裏口に着いたのだが,まるで場末の酒場の裏口のような感じだった。金属部はさび付き,壁は真っ黒に汚れ,天井からはアスベストのような得体の知れない物体がぶら下がっていた。

 部屋に入ると窓際に四角い板のようなものが置いてある(図3)。何だろうと思って見ると,エアコンの調整つまみを収納するボックスの蓋だった。閉めようとしたが蓋が大きすぎてうまくはまらない。最初から蓋と穴の部分のサイズを間違えたのか,経年変化で歪んでしまったのか,細かいことなのだが筆者にはなぜか気になった。

 そのエアコンが夜中に突然,止まった。フロントに電話しようかと思っていると,部屋のドアの下からA4判くらいの大きさの紙がスッと差し込まれた。「エアコンが故障しました。お詫びします」と書いてある。おいおい。いつものことなのだろうか,なかなかの手際である。湯量は少ないもののかろうじて出ていたシャワーのお湯も朝には水に変わった。翌朝フロントで,米国人らしき客がものすごい剣幕で「お湯が出ない」とどなっていた。

 展示会で仕事をして夕方,部屋に戻るとベッドメーキングはされていた(同僚の部屋はそれさえされていなかった)。ただ,雑巾が床に残されており,テーブルの上には水でふやけたタバコの吸殻が捨ててある紙製のコップの蓋が放置されていた。

ダウンタウンのホテルから郊外のホテルへ

 翌日ホテルからタクシーで,ある自動車コンサルタントの方と会うために郊外のホテルに向かった。そのタクシーが実に恐るべき代物だった。車内にはオイルと饐えたにおいが混ざったような異様な臭気が漂っており,床には水だか油だかよく分からない液体がたまっていて足の置き場がない。ドアの内装は剥がれていて中の金属機構部がむき出しになっており,片側のドアは開かなかった。シートはシミが着いているというよりシミ一色の茶色に変色しておりスーツが汚れるのではないかと思った(実際にはホコリがついた程度ではあった)。

 なるべく息をしないように早く着いてくれと祈りながらハイウエーを走っていると雨が降ってきた。ガラスが曇ったので運転手がエアコンのスイッチを入れると,エンジンが妙な音をたてて減速,右端をノロノロ走る。ようやく郊外の瀟洒なホテルに着いてすぐ,同僚と私は同じ言葉を同時に口にした。「手,洗ってくる…」。

ダウンタウンのホテルから空港へ