「神の視点」を持てるか

B:ところで,もう一つ君が言った「メディアの存在価値がなくなっていく」というのも気になる。

A:本業を別に持っている人間が仕事の合間に,いわば気晴らしに文章を書き,それをWebで公開して皆で議論を深めるというスタイルが広まれば,メディアの価値は相対的に下がるのではないかと言っている。自分の仕事に関することだから現場の生の情報だし,文章が上手な人も実は結構多い。片手間で書いた文章で生計をたてようと思わないから,無料で情報が流通する。

B:しかし,各自がおのおのの視点で気ままに書いた文章が膨大に出回ったって,玉石混交で自分の欲しい情報を探し出すのは難しくなるだけなんじゃないか。一定の編集方針の基に情報を整理し,解釈するメディアの役割はなくならないと思うんだが。

A:その玉石混交の情報を整理する機能を開発している企業がGoogle社だ。同社は「増殖する地球上の膨大な情報をすべて整理し尽くす」と言ってるそうだ。しかも,人間の手を介さずにコンピュータがすべてを担う。

B:すべての情報だって!まさか,そんなことができるはずがない。

A:いやそのまさかなんだ。Googleは「神の視点」を持とうとしていると著者は書いている。検索のアルゴリズムが進化して人間が介在せずに膨大な数の情報が整理されつつある。

B:人間が介在せずに有用な情報が提供できるとはとても思えない。我々のような記者が能動的に取材し,原稿を書くように促すことによって価値ある情報を収集できる。

A:そのメディアのビジネスって,情報の格差を埋めることで成り立っているんじゃないか。組織的,距離的,文化・言語的な格差を埋めることで価値を創出している。Googleはその格差をなくす世界,誰でもが自由に情報にアクセスできる世界を生み出そうとしている。

B:Googleによって膨大な情報にアクセスできるようになったとして,ありきたりの公開情報にすぎないのではないだろうか。メディアの役割の一つとして未公開情報に取材で迫っていく点がある。社会正義に裏打ちされた編集方針の下,果敢に取材することによって,健全な社会になるという意義だってある。

A:それがメディアの傲慢だと思われなければいいがな。まあ過剰に未公開にしているケースも多いわけで,メディアの人間の個々の説得によって許せるギリギリの線まで公開にしていくことはあるだろう。Googleはそうした努力を個別に人間がするのではなく,ルールとして未公開情報をなくそうと志向しているのではないかと思う。世界中のすべての書籍をウェブにアップして検索できるようにする試みはその第一歩かもしれない。いずれにせよ,この本を手始めにWebの進化形をもっと研究したほうがよくはないか。骨の髄まで『こちら側』のお前には難しいだろうがな。

B:もちろんWebが進化するに伴ってメディアに求められるものは変化していく。それについていけないメディアや人間が淘汰されることは覚悟している。

A:そうか,お前も大変だな…。実はかく言う俺も「こちら側」の人間であることをこの本を読んで痛感した。典型的な日本企業で日本語で仕事をしてきて,転職経験もなければシリコンバレーに住んだこともない。毎日ブログを書く習慣もなければ,ソーシャル・ネットワーキングもしたことがない。お互いもう50歳を過ぎたが,これからのWeb進化を担うのは若者だという。老兵はさっさと隠居して若者の邪魔をするな,と言われているような気がした。

B:あれ? さっきまでの威勢はどうしたんだ。これからの高齢化社会,中高年層だってWeb進化形の担い手にならないでどうする。だいたい,あちら側のものだけが高い付加価値の恩恵をこうむり,こちら側は低付加価値の世界に沈めばよいなんてことがいつまでも許されるわけはない。人間の作ったものだ。かならず「橋」はかかるはずだと思うよ。