取材レポート

田中文さんのレポート

 半導体製造工程のひとつを担う“エッチング”装置の研究開発の現場を見学した。

 英語で“etch”は“彫る,削る”という意味である。エッチング(etching)は削り加工をする方法の一つであり,薄膜をパターンに沿って削り取る。半導体製造においては,“できる限り寸法が小さくて深くてまっすぐな溝や穴をほる注1)”ことを目標とする注2)

 加えて,半導体を“製造する”装置を作るためには“精度よくほる”だけではだめで,“均一に,速く”ほれる装置でなくてはならない。そして何より,顧客である半導体製造会社が求める性能を作り出さなければならない。つまり,“加工性・生産性のバランスを取りながら,顧客が求めるエッチング装置を作り出す”のがエッチング装置の研究開発で目指しているものである。

注1)“寸法が小さい”と半導体を微細化することができるようになり,Siウエハー1枚から取れる半導体の数が増える。また,配線が短くできるので計算速度が向上する。“深くてまっすぐ”だと半導体の抵抗値が変化せず性能が安定する可能性がある。

注2)“半導体製造における削り加工”という点については,その後に荏原製作所で見学した「CMP(chemical mechanical polishing)工程」と比較すると面白い。CMPも削り加工をしているが,その目標は“でこぼこをなくす,ミクロに見てもマクロに見ても平らにする”ということである。

タイトル

 ただし,半導体製造の世界は,ものすごくちっちゃな世界である。現在のエッチング技術では数10 nm(10-8 m,水素原子の直径の約100倍)というオーダーの世界を扱っている。普通私達が慣れ親しんでいるのは大体mm~km(10-3~103m)の辺りであるから,半導体製造で行われている加工はイモ判を彫ったりトンネルを掘ったりするのとはわけが違う。同じ“ほる”をmmとkmオーダーで考えてもかなり感覚が違うことを考えると,さらに106小さいナノの世界についても推して知るべしである。常識とする前提が異なる(かもしれない)ことを念頭において,エッチングという加工を考えなければならない。

 そもそも“削る”とはどのようなことだろうか。マクロに見れば,要らない部分だけ壊して取り除いてしまうことであり,ミクロに見れば,何らかの手段で原子と原子の結合を切り離して除いてやることだ。“何らかの手段”には,化学的な手段(くっつけるなどして切り離す)と物理的な手段(ぶつけるなどして切り離す)の二つが挙げられる。

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 現在のエッチング装置開発では,溝幅40 nm,深さ2000 nm(アスペクト比:深さ/幅≒60)の溝をほることにチャレンジしているそうだ。半導体の原料の一つであるSiの原子直径が約0.4 nmであるので,もはや原子が数10個レベルの加工をしていることになる。もちろん彫刻刀でイモを削るような加工はしていない(もしやろうとするなら,彫ろうとする溝より細い先端を持つ工具を作成しなければならないだろう)。見学したエッチング装置では,気体をプラズマにして発生させたイオンやラジカルを用いて加工をしている(ドライ・エッチング)。削りたくない部分にレジスト(resist)という保護膜を作り,対象にイオンやラジカルを接触させ,レジストの無い部分を削ってゆくのだ。半導体製造のプロセス・エンジニアは,気体の種類や電圧のかけ方などを通じてラジカルの化学的な反応やイオンの物理的な反応を制御し,加工精度や加工速度を操るそうだ。

 しかし,何をどう変えるとどこにどのような影響があるか,が完璧に分かっているわけではないらしい。原子レベルの現象は,“原理は分からないけれど,実際は実現している”とか“理論上はこうなるはずだが,実際は違うようになっている”ということがしょっちゅうあるそうだ。それでもお客さんの要望には応えなければならないから,知識と経験を基にして,チームでトライ・アンド・エラーを繰り返して調整していくそうだ。

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 「このままいくと,加工の限界まで到達するのは時間の問題ではないか。そのような点についてどう思うか」とエンジニアの中川さんに尋ねた。すると,「限界は常に感じていて,既に感じ始めて2年くらい経ちます。が,色々工夫してなんとか乗り越えます」という答えが返ってきた。理論なんて,今までそれが「確からしい(そうらしい)」とされているに過ぎない。もしかしたら,今は理論的にできないとされていることでも,できないと“思われて”いるだけかもしれない。無理だと思うことでも皆で努力して工夫して乗り越えていくのがエンジニアとしての醍醐味なのかもしれない。

 半導体製造装置開発のイメージは,“製造装置の向上を通じて,半導体の性能向上・半導体を用いた製品の広がりに貢献する”というありきたりなものであったが,そのイメージは変わった。どんな開発も研究も,今までできなかった(分からなかった)ことをできる(分かる)ようにすることを目標としているが,とにかくミクロで分からないことだらけの世界を扱う半導体製造の研究開発は,未知の新しい物理現象や原理の発見にかなり近いところにいるのではないかと感じた見学だった。

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