思いつきは突然に

 こうして実験データが積み上がったことから、次にヒューズの切断モデル作成に取り掛かった。これを作成できれば、ヒューズは誰でも設計できることになる。ヒューズに電流が流れて、熱が発生し、温度が上がっていく様子を、熱拡散に関する非線形二次微分方程式で記述した。できれば解析解を求めて、様々なパラメータ間の関係を直感的に理解できるものにしたいと思っていたが、非線形方程式は解析解を求めるのはとても難しい。考えあぐねてもう何日も過ぎていた。そして今日の1日が始まる。そんな日々が続いた。

 思いつきは突然やって来る。まさに「来る」というたとえ通りである。どこからどうして来るのかと言われても説明に困るが、「ラプラス変換と留数で解いたら」というささやきが聞こえたのである。実を言うと、私には“微分方程式狂い”の時期があった。大学院の修士のころである。微分方程式の色々な解法を勉強していた。もはや何のためだったのかは思い出せないが、楽しんでいたことは間違いない。

 ラプラス変換で微分方程式をs空間に変換すると、微分方程式は変数sの高次方程式となる。この場合二次方程式となりsは解析的に求まる。変数sは温度の時間微分なので、温度を求めるには変数sを積分することになる。ここで留数定理を使えば、解は積分領域内の発散点として求めることができる。この方法を使ってなんと幸運なことに解析解が求まったのである。

 「やったやった」と天にも昇る気持ちだった。解は2種類、一つは定常解、もう一つは時間依存解であった。この解析解を使い、多結晶SiヒューズROMの設計パラメータ(例えば、幅、長さ、厚さ)や切断時間を与えれば、必要な電流値がすぐさま計算できる。多結晶SiヒューズROMの設計原理が出来上がり、工学応用が可能となった。

 さて、次のステップは信頼性評価になる。ヒューズが使われる環境において保障期間内に不良が発生しないかどうかのテストである。これはかなり単調な仕事である。時間はかかったが信頼性評価もクリアし、他社に先駆けて多結晶SiヒューズROMを256KビットDRAMに実装することができた。

工学者は、科学者とペアを組むのが望ましい

 工学と科学は似て非なるものである。同じ多結晶SiヒューズROMを見ていても、工学では、「それを何に使おうか」とWHATを問う。科学では、「なぜそうなるのか」とWHYを問う。科学的方法を使うところは同じだが、考えるベクトルは全く違う。

 この大変に苦労した経験で私が学んだことは、創造的な仕事をするには「工学者は科学者とペアを組むのが望ましい」ということである。以来、私は科学者とよくペアを組んで仕事をした。考え方の違いが良いのである。互いに刺激し合うことでアイデアがたくさん出てくるのは、請け合ってもよい。