日本のエレクトニクス産業をリードし,世界中の人々のあこがれの的となったソニー。日本を代表するエレクトロニクス企業のソニーで,“家電の王様”であるテレビの事業を牽引してきたのが中村末廣氏(現・崇城大学 副学長,元・ソニー執行役員副社長)だ。その中村氏に,エンジニアの魅力,会社のこと,学生のうちに身につけておくべきこと,などについて聞いた。1990年代後半に平面ブラウン管「ベガ」の開発とブランド確立を手がけるなど生産・設計・事業開発の現場に長くかかわり,また,その以前から海外でのサービス拠点作りや工場立ち上げなどの運営にも携わった,幅広い経験と実績に基づく本音のメッセージをお届けする。
――「エンジニアは最も経営者になりやすい。エンジニアにもっと『経営』を知ってもらいたい」と,中村さんは著書(『ソニー中村研究所 経営は「1・10・100」』,日本経済新聞社刊)などを通して訴えておられます。ただ,一般には,「エンジニアは専門職であり,経営者には文系出身のビジネス・リーダーの方がなりやすい」と考えられているように思います。なぜ,中村さんは「エンジニアが最も経営者になりやすい」と考えているのですか。
エンジニアは,商品・技術を最も熟知しうる立場にあるからです。モノづくりビジネスを成功させるためには,消費者に喜んでもらえる創造的な商品を開発し,その商品を効率的に生産し,さらに新商品の特徴を広く知らしめて,たくさんの消費者に買ってもらわなければなりません。この全体の流れを見通すことが経営において最も大切なことです。その役割には,商品を開発し,商品を最もよく知るエンジニア達こそふさわしいといえます。経理は経理の専門家がやります。ただ,経理の人は商品の創造はしません。銀行もできません。ビジネスを創造する上ではエンジニアの人達がはるかに有利です。
残念なことに,日本には明治時代から,「経営は,カネを持つ者や金融業者が行う」という考えがあるように思います。「エンジニアは職人で,それを操るのは銀行屋」という考えが染みついているのではないかと思わざるを得ない場面も見られます。しかし,これらは間違った考え方です。
モノづくりの会社を経営するのは,エンジニア出身者が一番良い。これを最も端的に表している例がホンダです。ホンダの歴代の社長はすべて技術畑出身です。現場主義を徹底しているのも,ホンダの素晴らしいところです。ソニーが日本を代表する企業にまで成長したのも,現場主義だったからです。エンジニアやサイエンティストは研究室に閉じこもることなく,工場の中に居ました。ソニー(当時は東京通信工業)在籍時にトンネル・ダイオードを発見し,後にノーベル物理学賞を受賞した江崎玲於奈さんも,作業現場でインゴットの引き上げをしていたんです。
ビジネスの話ではありませんが,2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏にお会いした時に,「あなたは経営者になれる」と言いました。小柴氏は,「ニュートリノを観測すれば宇宙誕生後1秒の姿が分かる」という夢を抱き,夢を確認するための実験装置「カミオカンデ」を作り上げ,そして超新星爆発に伴うニュートリノ観測に世界で初めて成功したのです。小柴氏は最初の夢を持ったときに,実験装置の建設も,ニュートリノ観察も,既に見通していたのでしょう。だから,文部省から予算を獲得し,光センサーの専門メーカーを口説いて,巨大な実験装置を作り上げることができたのだと思います。このようなことは,エンジニアやサイエンティストでないとできません。
――ただ,特に会社や組織が大きくなると,末端のエンジニアには会社全体の様子が見えにくくなるのではないでしょうか。
会社の規模が小さいと,会社全体の様子がよく見えるのは確かです。そして,企業が大きくなると,あきらめるようになりがちです。しかし,それは間違いです。官僚主義がはびこる原因になります。
私は先述の著書で,「組織が大きくなり様々な仕事が分業化されるにつれて,中で働いている人達は『経営』というものを実感しないまま日々を過ごすことが多くなっているのではないか」「一人ひとりが基本的な部分で『経営なんてあまり関係ない』と済ませてしまっているのではないか」と書きました。
――今こそ若い人に読んでもらいたいですね。
特にこの数年間,こうした問題意識を,私は強く持っています。
現役のエンジニアの皆さんには,「大企業でも中身は中小企業の寄せ集めに過ぎない」というくらいの気持ちで仕事に向かってほしい。そして,商品・技術を最も熟知しうる立場を生かして,全体を見回し,ビジネスのリーダーになってもらいたいと願っています。