世界を見渡せば、さまざまな人工知能(AI)に関する研究が取り組まれている。救急専門医として定期的に診療現場に立ちつつ、現在は医療ITベンチャーのメドレー(東京都港区)で医療情報責任者を務める同社執行役員の沖山翔氏は、海外のAI開発に関する情報収集にも余念がない。その沖山氏に海外の興味深い取り組みを紹介してもらう。

──医療におけるAIの応用開発が進んでいることについてどうお感じになっていますか。

救急医として診療現場に立ちつつ、医療ITベンチャーのメドレーで医療情報提供のあり方を模索する沖山翔氏
救急医として診療現場に立ちつつ、医療ITベンチャーのメドレーで医療情報提供のあり方を模索する沖山翔氏

沖山氏 一言でAIといっても、現在はさまざまなレベル感のものが混在していると感じています。一例ですが、エアコンの機能として、部屋の隅々まで室温を感知して温度が低いところを暖めたり、人の動きを検知して人がいるところだけに冷風を送ったりするものがあります。こういったものもAIと呼ばれることがありますが、言ってしまえば「場合分け」に過ぎません。Aという条件の場合はBという対応をする、というものです。

 それと対極にある考え方が汎用人工知能で、AGI(Artificial General Intelligence)と呼ばれています。『ドラえもん』とか『ターミネーター』に近いイメージでしょうか。片側に1つのことに完全に特化するアルゴリズムとしてのAIがあり、その反対側に複数のことに対応できる“知的な”AGIがあって、その間のどの辺の人工知能を目指すかは研究者によって異なりますが、現状では単純なAIが多いと感じています。

──例えば、画像診断は1つのことに特化したAIということになりますか。

沖山氏 そうです。囲碁で有名になったGoogleのアルファ碁(AlphaGo)は、囲碁はめっぽう強いのですが、チェスも将棋もできません。感覚的に「碁ができるんだったらチェスも将棋もできるんじゃないの?」と思いますが、実際にはそうなっていない。多くの職業がAIに取って代わられるのではないか、と言われていますが、多くの職業は1つの作業だけでは成り立っていません。そう考えると、AIが取って代わるというのはまだまだ難しいと思います。

 医師の仕事も同じです。医師の仕事は他の仕事と比べてもマルチタスクな面があるのではないでしょうか。あれもやりつつこれもやるという感じ。内科医であれば外来もやるし病棟も診ます。臨床研究もやる。外来では診断もすればインフォームドコンセントもしている。非常に多様な仕事を1人が手掛けているわけです。10の仕事をしていれば、2~3の仕事はAIに置き換わるかもしれませんが、7~8の仕事は残ります。しかも置き換わって時間が浮いた分、きっと新しい仕事を探し出したり創り出したりしていくのが医師です。やはりAIが医師という存在に取って代わるのはまだ難しいかなと思っています。ただし、ある1つのことだけを極めるんだ、という考えでいると、それがAIで置換可能となったら取って代わられてしまう可能性があります。専門性を極めることは大切ですが、1つのことを極めるだけで、他は何もしないというのでは厳しい状況に置かれるかもしれません。

 最近、高額な薬剤が登場し、費用対効果を分析して相応の価格にするべきだ、という議論がありますよね。費用に見合った対価にしようという動きは医療業務にも適用されていくのではないかと思います。そう考えると、費用対効果が低いものは報酬が下げられるのかもしれませんが、その前にそういう費用対効果が低いものからAIで置き換わっていく、という将来もあり得るかもしれないなと思っています。

──救急医として現場に立っておられますが、業務の中で置き換わるんじゃないかと感じるものはありますか。

沖山氏 はい、診断や医療機器によるアシストは医師の仕事を完全に置き換えるものではありませんが、昔なら自分でやっていたのにというものは増えていくと思います。血液像検査(全血算と白血球分画)などは随分と前から自動化されていますが、考えてみれば血液細胞の形を見分けるというのは人間にとってはむしろ難しい業務です。

 救急だと、治療室に入る前に受付や看護師によるトリアージがなされます。チェックシートに従って評価して、重症な患者がいたら割り込んで「先生、この患者さん先に診てください」というのは当たり前の光景です。救急隊もそうですね。東京都では救急隊用のフローチャートが整備されていて、救急隊の意思が入り込む余地がないくらい、誰がやっても同じ結論になるようなアルゴリズムが作られています。そのチャートに従って点数化し、3次救急に搬送するか、2次救急でいいか、といった判断をしています。

 これって今は紙の質問票でやっていますけれど、パソコンやタブレットでやったら「AIっぽい」ですよね。つまり既に「AIっぽいこと」は既に現場に入ってきているわけです。医師ではない人が評価している。医師は、病院でそのチャートを受け取って、内容を確認して、「あぁ、その通りで、3次救急に搬送する必要があったね」とか「ちょっとこれは違うなぁ」と判断しているわけです。