「ニコニコ動画」など独自性の強いサービスで気を吐くドワンゴが、人工知能の研究や独自ハードウエアの開発に乗り出した。背景にあるのは、遠からず人は機械に負けてしまうという諦観や、他社に真似できないサービスの実現には独自のハードウエアが不可欠という発想だ。独創的なアイデアで新事業を創出してきた川上会長が、人工知能と共存する社会やコンテンツの未来を語った。

(聞き手=今井拓司、進藤智則、中道 理)

――2014年11月に人工知能研究所を設立した狙いは。

ドワンゴ 代表取締役会長 CTO 川上量生氏
(写真:栗原克己)

 まず人工知能に関心があったんですよ。松尾さんや山川さん注1)がやっている全脳アーキテクチャ勉強会というプロジェクトを聞いて、不勉強だったので僕なりにいろいろ調べてみたら、予想以上に人工知能は進んでいるなと思ったんですね。人工知能と言うとすごい遠い未来のイメージを持っていたんですが、どうもそうじゃないことが分かりまして。

注1)東京大学大学院工学系研究科准教授の松尾 豊氏と、ドワンゴ人工知能研究所の所長に就任した山川 宏氏。いずれも「全脳アーキテクチャ勉強会」のオーガナイザーを務める。本誌2月号には、もう一人のオーガナイザーである産業技術総合研究所 主任研究員一杉裕志氏による論文「脳全体の動作原理を解明へ、汎用人工知能への最短の道」も掲載した。

 僕らがやっている「将棋電王戦」でも、ディープラーニングやオートエンコーダーといった技術が使われています。その詳細を見るとかなり汎用的になっているなと。いろいろ制限はあるけれど、現時点でも相当すごいなと思ったんですね。山川さん、松尾さんがやろうとしている人間の知能の再現はかなり高度ですが、将棋なんかに使われるディープラーニングとかを見ていると、僕はこれでいいんじゃないかと思っているんですね。これがもっとコモディティー化することで世の中は十分変わるし、この技術の応用だけでも相当なところまでいくなと思ったんです。

将棋電王戦=ドワンゴが主催する、プロ棋士とコンピューター上の将棋ソフトが対戦する棋戦。2012年の第1回はソフトの勝ち、2013年の第2回はソフトが3勝1敗1引き分け(持将棋)、2014年の第3回はソフトが4勝1敗。
ディープラーニング=3層以上の多層のニューラルネットワークを用いた機械学習技術の1つ。深層学習とも呼ぶ。
オートエンコーダー=入力層と出力層のノード数を同じにして、入力層への入力を出力層で再現できるようにするニューラルネット。中間層のノード数を入力層より少なくすれば、入力するデータの次元を圧縮できる。ディープラーニングに利用される。

 山川さんは、例えば一番難しいのは0歳から2歳までの、赤ちゃんの汎用的な学習能力の高さで、それは再現できないと言ってます。逆に言うと、将棋などを見れば大人の知能はもはや抜いているなと。人間には社会自体が持つ教育機能があって、将棋の解説書や将棋の先生から学ぶわけですが、それでは将棋ソフトに全然かなわない。社会を通じた大人の学習能力という原点で、領域を限定すればもはやコンピューターに負けているというのが、たぶん正確な認識だと。負けてないのは赤ちゃんだけ(笑)。

 つまり、現時点の人工知能の到達地点の応用だけでも世の中がどう変わるのかを把握しておかないと、IT企業はやっていけない。人工知能で何ができないかを把握していかないと、企業の戦略は立てられないと思ったんですね。人工知能が勝つんだとしたら、人間は人工知能が来ない領域で勝負しなきゃいけないわけです。

 それで、山川さんにうちの社内に来てくださいとお願いしました。そういう人が周りにいて、今もドワンゴで開かれている勉強会があるんですが、そうした環境があるだけで相当キャッチアップできるんじゃないかという狙いです。逆にそれを知らないと中長期的にとんでもないことが起こるんじゃないかと。

 人工知能研究所で何を作るのかは山川さん任せ。これから研究者を雇いますが数名ぐらいの小規模です。割と自由にやってもらって、僕らはそれをバックアップしようと。人工知能の研究というよりは、山川さんが自由にできる環境を僕らは用意したということです。