2004年夏を迎え,KDDIの開発陣の手元に待望の携帯電話機の試作機が届く。そのダウンロード時間の速さは彼らの想像を超えるものだった。その後の開発はサービス開始まで順調に進むかのように思えたが土壇場になって予想もしなかった局面を迎えた。音楽を再生できないという致命的な不具合に直面したのだった。

 2004年のゴールデンウイークの直前,ついにオーサリング・ツールα版が出来上がった。開発の立役者はKDDI研究所の酒澤茂之とソニー・ミュージックコミュニケーションズ(SMC)の宮田信吾。研究者と音楽業界人という異色の2人の共同作業で開発されたものだ。お互いに初めて付き合う業界だったこともあり,手探り状態で始まった開発だったが,いつしか2人の間には信頼関係が生まれていた。徹夜を辞さずに開発を進める酒澤の仕事に対する姿勢に宮田は心を打たれた。一方,オーサリング・ツールの開発に対する宮田の的を射た要求は「音楽業界の人はわがまま」という酒澤の先入観を打ち砕くには十分だった。

 あとは携帯電話機さえ完成すれば,レコード会社にHE AACの音質の良さを体感してもらえる--。KDDI コンテンツ・メディア本部の八木達雄らは携帯電話機メーカーから試作機が届く日を一日千秋の思いで待ち続けた。