第1部<総論>
適用領域を多分野に広げる
ブロードバンド一辺倒から脱却

スマートフォンやタブレット端末への標準搭載をきっかけに無線LANを機器に活用しようとする動きが大きく広がろうとしている。テレビやエアコン、車載機器など、これまでにない市場への導入が加速し始めた。

新市場に乗りだす無線LAN

 「まるで竜巻のように、Wi-Fiがあらゆるものを巻き込みながら成長している」(あるAV機器メーカーの技術者)。

 無線LAN(Wi-Fi)の適用分野が今、大きく拡大しようとしている。これまではパソコンやその周辺機器、スマートフォンなど携帯機器での利用が中心だった。それが、テレビなどのAV機器をはじめ、エアコンなどの白物家電、ヘルスケア機器や車載機器、さらには家庭の電源コンセントなど、さまざまな分野に広がりつつある。

 無線LAN用送受信モジュール(以下、無線LANモジュール)を手掛ける部品メーカーは、顧客の業種が一気に拡大している様子をこう打ち明ける。「今対応している顧客の約80%は新規メーカーだ。その多くがエアコンなど白物家電系の開発企業である。中でも中国など海外からの引き合いは非常に強い」(ローム)。「ずいぶん前から話はあったが、ここへきてようやくテレビ・メーカーが本腰を入れてきた。今後数年で、無線LANはテレビの必須機能になりそうだ」(太陽誘電)。

チップ価格は1/50に

 無線LAN機能が各種の機器に搭載されつつある背景には、スマートフォンやタブレット端末の存在がある。

 市場が急成長中のスマートフォンやタブレット端末には、ほぼ100%の割合で無線LAN機能が搭載されている。このため、無線LAN用送受信ICの出荷数が右肩上がりで拡大しており、2011年には年間10億個を超えることになりそうだ。

 この量産効果によって、IC価格の下落が進んだ。例えば最も単機能の無線LAN用送受信IC(IEEE802.11bのみ対応など)の場合、量産出荷時の価格は1米ドルを下回るという。約13年前に無線LANが登場した頃と比較して、1/50程度まで下がっている。この価格低減の恩恵を受ける形で、テレビなどのAV機器や白物家電にまで、無線LAN機能が裾野を広げようとしている。

『日経エレクトロニクス』2011年9月5日号より一部掲載

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第2部<次世代仕様>
高速化やホワイトスペースなど
IEEE802.11が大きく変わる

無線LANの標準化を進めている「IEEE802.11」。将来の無線サービスを担う、次世代仕様の策定が急ピッチで進んでいる。策定中の仕様から、無線LANの進化の方向性が透けて見えてきた。

無線LANの次世代仕様(作業部会)の例

 さらなる高速化の追求か、それとも長距離伝送化や使い勝手の向上を目指すか──。さまざまな方向へ分化を始めた無線LAN。その進化の道筋は、今後登場予定の次世代仕様から大まかに推測できる。無線LANの標準化団体「IEEE802.11」における、各作業部会が策定中の次世代仕様がそれだ。

 次世代仕様は、大きく三つの方向性に分類できる。(1)これまでと同様に、さらなる高速性を追求する仕様、(2)従来の2.4GHz帯や5GHz帯よりも低い周波数帯を活用し、長距離伝送などを目指す仕様、そして(3)リンク確立の時間を大幅に短縮するなど、使い勝手の向上を目指す仕様である。

 (1)では、5GHz帯を使いながらシステム当たりの実効スループットを従来の10倍となる1Gビット/秒超まで高める「IEEE802.11ac」と、60GHz帯のミリ波を活用して近距離で5G~6Gビット/秒の高速伝送を狙う「IEEE802.11ad」がある。

 (2)に関しては、デジタル・テレビ放送の空き帯域である「TVホワイトスペース」(数十M~700MHz帯)のうち、500M~700MHz帯のポータブル機器向け周波数を利用して、伝送距離を3倍程度まで延ばすことを狙う「IEEE802.11af」と、900MHz帯など1GHz以下の周波数帯を活用して長距離伝送を狙う「IEEE802.11ah」の策定が進んでいる。そして(3)では、無線LANのセキュリティー認証にかかる時間を1/10~1/15程度まで短縮する仕様「IEEE802.11ai」がある。

『日経エレクトロニクス』2011年9月5日号より一部掲載

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第3部<部品動向>
モジュールの付加価値は
“小さい”から“使いやすい”へ

テレビやエアコン、センサ・ネット端末などの新たな市場分野で期待が集まっているのが無線LANモジュールである。制御ソフトウエアまで用意するなど、メーカーの取り組みが活発化している。

無線LANモジュールの供給メーカー

 次世代仕様の標準化において、分化を始めた無線LAN。それと並行して、「IEEE802.11a/b/g/n」といった既存の無線LANを用いる直近の市場領域においても、機器メーカーの広がるニーズへの対応が始まっている。無線LANの新市場展開の先導役となっているのが、無線LANモジュールを手掛けるメーカーである。多様化を見据えたモジュール・メーカーの取り組みは、分化する次世代無線LAN仕様でも効果を発揮しそうだ。

 スマートフォンの開発メーカーなどは、無線回路の実現に必要な高周波技術のノウハウを保有するが、エアコンなど白物家電のメーカーではこれらの知見に乏しい場合が少なくない。この状況は、モジュール・メーカーにとって商機拡大のチャンスとなっている。無線LAN機能搭載に関わる各種設計業務を、一手に引き受けられる可能性があるからだ。

 新市場への展開を進めるモジュール・メーカーだが、大きな課題がある。スマートフォンなどの携帯機器では、モジュールを小さく作るという「小型化」が大きな付加価値となっていた。小型で薄いスマートフォンを実現する上で、モジュールを小型化できる技術は競合他社と差異化するための強みだった。

 ところが、白物家電やテレビなどの機器においては、モジュールの小型化はスマートフォンほどには求められない。小型化が付加価値にならない市場なのだ。比較的寸法の大きなモジュールであれば、多層基板を駆使する高密度実装技術を保有しない中国メーカーなどでも実現できる。こうなると、無線LANモジュールが価格競争に陥りやすくなってしまう。

 そこで無線LANモジュールのメーカーは、「小型化」以外の付加価値で勝負するための準備を始めている。

『日経エレクトロニクス』2011年9月5日号より一部掲載

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