脱炭素の時代が到来しました。自社で使用する電力を再エネ電力に切り替える企業は後を絶ちません。ですが、「どうやって切り替えたら良いのか分からない」という声を聞く機会は少なくありません。
そこで、この新連載では実際に再エネ電力に切り替えた企業の事例を紹介します。再エネ電力への切り替えには、その会社の目的によって様々な選択肢があります。第1回はグローバル本社からの突然の指示で再エネ電力への切り替えを実施した製造業の事例です。
ある日突然、グローバル本社から「再エネ100%」の指示
外資系製造業の日本法人J 社の売上高は600億円。製造業は電力の使用量が多く、電気料金は年間2億円に上ります。電気料金の削減は利益の増加に直結します。
J社は電力全面自由化が実施された2016年に、電気料金の価格比較サイトを使って調達先を切り替え、電気料金を10%弱、引き下げることに成功しました。3年が経過した2019年に、さらなる電力調達の見直し取り組みました。
2019年の見直し時も、当初はコスト削減を目標に掲げ、新電力を含む複数の電力会社に見積もりを依頼しました。しかし、その最中にグローバル本社から、「グループ全体で事業に使用する電力を再生可能エネルギー100%にする目標を掲げる」という指示が振ってきたのです。
日本法人の調達担当者は再エネに関しては全くの素人で、突然の指示に頭を抱えました。悩んだ末、契約中の電力会社に率直に事情を打ち明けることにしました。
相談内容は主に3点。前回の見直しで電気料金を大幅に下げられたので、これ以上のコスト削減にはこだわらないこと。一方で、値上げは許容できないこと。今よりコストが上がらないのであれば再エネ電力に切り替えたいこと。
この3点を明確にしたうえで見積もりの仕様を変更し、電力会社と一緒にこの課題に取り組むことにしたのです。
J- クレジットを自社で調達して手数料を圧縮
製造業において電力を再エネ化することは、簡単ではありません。製品の原価に占める電気料金の割合が大きいうえ、想定される利益率が低めになりがちだからです。
J 社も例外ではありません。電力の再エネ化は、コスト削減に主眼を置いた最初の電力調達改革に比べて、非常にハードルが高いチャレンジでした。
そこで、J 社は契約中の電力会社の協力のもと、現行の価格水準をベースに、再エネ電力への切り替えが可能かどうか、コストが上昇する場合はどの程度になり得るかを試算しました。
その結果、再エネ電力に切り替えず、通常の電力のコストを見直した場合は、現状よりもさらに10%程度、安くなることが分かりました。また、再エネ電力に切り替えた場合でも、再エネ電源の特定などにこだわらなければ、現状よりもコスト削減できそうだという感触を得ることもできました。
どこを落としどころにするのか、J 社と電力会社は協議を続けました。
コストを抑えるべくJ-クレジットを自社で購入
そして、この当時、最もコストを抑えて再エネ電力に切り替えることができる方法として、再エネによる環境価値を取引するための証書の1種である「J- クレジット」と通常の電力を組み合わせることにしました。さらに、協議中の電力会社から電力とJ- クレジットをセットで買った場合、J- クレジット取得に関する手数料がJ 社の想定より割高になることが分かりました。
この電力会社は、かねてJ- クレジットとのセット販売にあまり積極的ではありませんでした。「手間がかかる再エネ電力メニューは、できれば販売したくない」という電力会社の思惑から、クレジットの販売手数料の設定が高めになっているようでした。
少し調べてみると、J- クレジットを自社で調達できることが分かりました。しかも、電力会社の提示額の半額で買えることが分かったのです。
そこで、通常の電力は電力会社から調達し、年間の使用電力量(kWh)に相当するJ- クレジットを自社で取得して、再エネ電力への切り替えを進めることにしました。
最終的に年間電気料金を約5%下げられたうえ、グローバル本社からの指示もクリアできる再エネ100%の電力調達を実現したのです。
ユーザー企業自ら汗をかいたことが奏功
見積もり依頼後の仕様変更は、電力会社の心証を悪くしかねず、コスト削減に悪影響を及ぼしかねません。実際、J 社が見積もりの仕様変更を申し出たときには、不穏な空気が流れたといいます。
しかし、グローバル本社から突如舞い降りてきた意向であることをきちんと説明したこと、さらに顧客として電力会社に依存するのではなく、再エネ導入やコスト削減という目標の達成に向けてJ 社自らも汗をかいたことが良い結果をもたらしました。
「 再エネというものがよく分からない中で取り組んだけれども、電力会社のサポートもあってグローバル本社のリクエストに応えることができました。1年間やってみて、業務上の手間もそこまで大きくないと分かったので、2 年目以降もJ- クレジットによる再エネ化を継続する」と、調達担当者は胸を張ります。
「グローバル本社からの宿題を一緒に考えてくれた電力会社とは、中長期でいいお付き合いをしていきたい」と信頼感も高まった様子です。
本社や親会社の意向にどう応えるか、環境問題にどう立ち向かうかといった大きな目標に、ユーザー企業と電力会社が共に取り組むことで良質なパートナーシップを築くことができるのです。