好熱性紅色光合成細菌<i>Thermochromatium tepidum</i>の顕微鏡写真
好熱性紅色光合成細菌Thermochromatium tepidumの顕微鏡写真
(M. T. Madigan博士提供)
[画像のクリックで拡大表示]
紅色光合成細菌<i>T. tepidum</i>と<i>R. sphaeroides</i>および光捕集タンパク遺伝子入れ替え変異株(TS2株)の細胞膜標品による光吸収スペクトル
紅色光合成細菌T. tepidumR. sphaeroidesおよび光捕集タンパク遺伝子入れ替え変異株(TS2株)の細胞膜標品による光吸収スペクトル
(出所:神奈川大学)
[画像のクリックで拡大表示]
<i>T. tepidum</i>の光合成色素タンパク複合体の立体構造。赤色がカルシウムイオンで、周囲のタンパク質構造とともに拡大して示した
T. tepidumの光合成色素タンパク複合体の立体構造。赤色がカルシウムイオンで、周囲のタンパク質構造とともに拡大して示した
(出所:神奈川大学)
[画像のクリックで拡大表示]

 神奈川大学は9月22日、遺伝子工学により紅色光合成細菌の光合成の内部構造や機能を調べ、太陽光を高効率で吸収するアンテナ複合体の内部に結合しているカルシウムイオンが、その仕組みの鍵を握っていることを解明したと発表した。

一部の好熱性紅色光合成細菌は、アンテナ複合体の特定部分にカルシウムイオンが結合することで、熱に対して安定となり、より長波長側の光を吸収できるようになるという。この研究成果は、天然の光合成の仕組みを解明するだけでなく、人工光合成への応用にもつながると期待される。

 植物の光合成では700nm前後の赤く見える光が主に使われるが、細菌の光合成では750nmを越える赤外光が利用される。このような長い波長の光を利用できるのは、植物のクロロフィル(葉緑素)とは化学構造が若干異なるバクテリオクロロフィルを光収集に用いるためで、研究に良く用いられる常温性(至適育成温度が30℃前後)の紅色光合成細菌は880nm前後の赤外線を吸収することが知られている。

 一方、好熱性(至適生育温度50℃前後)の紅色光合成細菌であるThermochromatium tepidumは、同じバクテリオクロロフィルを使いながら更に長波長の915nmの光を吸収する。近年、茨城大学が光捕集複合体(バクテリオクロロフィルとタンパク質が結合した高次構造)の結晶化と可視化に成功し、バクテリオクロロフィルの近傍にカルシウムイオンが結合していることを発見した。このカルシウムイオンが、光吸収波長の違いや熱耐性の原因であることは明らかだったが、理論的な説明は確立できていなかった。

 今回、研究チームは、遺伝子操作が可能な常温性の紅色光合成細菌であるRhodobacter sphaeroidesを研究材料として用いた。同菌の光捕集複合体は、他の多くの菌と同様に880nmの光吸収ピークを示す。今回、神奈川大学の遺伝子入れ替え技術を活用し、同菌の光捕集複合体のタンパクの遺伝子を除去し、代わりにT. tepidumの光捕集タンパク遺伝子を導入すると、光吸収ピークが918nmに移動した。

 これは、特殊なT. tepidumの光捕集複合体を、別の一般的な菌種であるR. sphaeroidesに合成したことを示す。また、合成された光捕集複合体にキレート剤を加えて金属イオンを除去すると光吸収ピークが880nmに移動し、カルシウムイオン結合が光吸収波長の違いの原因であることが確認された。

 この遺伝子入れ替え株をベースに、T. tepidumの光捕集タンパクにさまざまな点変異(特定のアミノ酸のみ変化させる変異)を加えてR. sphaeroidesに導入し、光吸収ピークの位置や微細な構造変化を調べた結果、光捕集タンパクのうちアルファ・サブユニットと呼ばれるタンパク質の先頭から49番目のアミノ酸(α-D49)と、ベータ・サブユニットと呼ばれるタンパク質の終末端に位置するロイシン(β-L46)がカルシウム結合に必須であることを見出した。

 一般的に光の持つエネルギーは波長が長いほど低くなる。今回確立された変異導入系は、T. tepidumの光捕集複合体が吸収する長波長(低エネルギー)の赤外光がどのようにして光合成の反応を駆動するかを評価するための良いモデルになるという。また、光の波長範囲を広げたり、タンパクの熱耐性を向上させることで、物質やエネルギーの生産を目指す人工光合成の技術革新にもつながると期待される。

 今回の研究成果は、科学専門誌PNAS(アメリカ科学アカデミー紀要)に9月19日掲載された。