東京大学は2016年8月29日、科学技術振興機構(JST)、物質・材料研究機構(NIMS)らとの共同研究により、“水”をベースとした新たなカテゴリーのリチウムイオン伝導性液体「常温溶融水和物(ハイドレートメルト、hydrate melt)」を発見したと発表した(ニュースリリース)。ハイドレートメルト電解液を用いたリチウムイオン電池は、これまでトレードオフの関係となっていた蓄電池のエネルギー密度と安全性を、高度かつ現実的なレベルで両立可能という。
水と特定のリチウム塩2種を一定の割合で混合することで、一般的には固体となるリチウム塩二水和物が常温で安定な液体(ハイドレートメルト)として存在することを見出した。一般的な水溶液が1.2V程度の電圧で酸素と水素に電気分解されるのに対し、ハイドレートメルトは3V以上の高い電圧をかけても分解せず、電気耐性は一般的な有機溶媒に匹敵する。
スーパーコンピューター「京」を用いた第一原理分子動力学計算による解析の結果、ハイドレートメルトは全ての水分子がリチウムイオンに配位した状態で液体となる、一般的な水溶液では取り得ない溶液構造になることが分かった。異常な高電圧耐性と優れたリチウムイオン輸送特性を備え、リチウムイオン電池用の電解液として応用可能であることを示した。
概念実証のためのプロトタイプとして、3.1V級(LiNi0.5Mn1.5O4正極−Li4Ti5O12負極)および2.4V級(LiCoO2正極−Li4Ti5O12負極)のリチウムイオン電池の可逆作動に成功し、有機溶媒を使った商用リチウムイオン電池(2.4~3.7V)と同等レベルまで引き上げられることを示した。また、エネルギー密度は市販の2.4V級リチウムイオン電池を凌駕するレベルに達し、市販リチウムイオン電池を大幅に上回る6分以下の超高速な充電・放電が可能であることも見出した。
既存のリチウムイオン電池は、電解液に特殊な有機溶媒を使うのが課題だった。この電解液は、極めて燃えやすいため火災や爆発などの事故の原因になるほか、有毒のため事故などによる漏洩時の人体や環境に対する悪影響も懸念されている。可燃・有毒・高価な有機溶媒に替わって、不燃・無害・安価な水を使った電解液系を用いることで安全性の高い蓄電池システムを構築可能になり、生産コストの根本的な改善につながると期待される。
今後、ハイドレートメルトが示す異常物性の起源解明とさらなる新機能の開拓、ハイドレートメルト電解液を用いた新規蓄電池デバイスの実用化に向けた問題抽出および開発、より高機能なハイドレートメルト材料の探索を行っていく予定。今回の研究は、日本学術振興会科学研究費補助金特別推進研究による支援を受けて実施した。研究成果は「Nature Energy」電子版に2016年8月26日掲載された。