今回の人工光合成のイメージ
今回の人工光合成のイメージ
中央の円内は、バクテリアがCdS(黄色い粒子)を細胞表面に付着させている様子である (図:Kelsey K. Sakimoto)
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 米国化学学会(American Chemical Society:ACS)は2017年8月22日、ACSの第254回総合大会と展示会(National Meeting & Exposition)において、米大学の研究者が、バクテリアに光合成の機能を付加することで、光と二酸化炭素(CO2)から高効率に酢酸(CH3COOH)を合成することに成功したと学会発表したことを明らかにした。ACSによる発表資料のタイトルは、「サイボーグ化されたバクテリアが人工光合成で植物を凌駕」である(発表動画)。

 この人工光合成の標準太陽光(AM1.5G)に対する量子効率は、2.0~2.5%。植物の多くは太陽光に対する光合成の量子効率が0.2~1.6%であるため、植物を大きく超える効率を実現できたとする。光合成機能付加に利用するカドミウム(Cd)を環境に優しい材料で代替できれば、バイオ燃料、または人工光合成の利用にとってブレークスルーとなりそうだ。

光合成しない細菌が“光合成服”を着用

 この技術を開発したのは、米University of California, Berkeley校(UC Berkeley)の研究者であるKelsey K. Sakimoto氏など(同氏の2016年の大学での講演)。具体的には、「Moorella thermoacetica」と呼ばれる高温に強いことで知られる嫌気性の酢酸産生菌に、必須アミノ酸の1つであるシステインとCdを与えると、この酢酸産生菌がシステイン中の硫黄(S)とCd2+イオンを体内で結合させて硫化カドミウム(CdS)の量子ドットを生成し、それらを服のように細胞表面にまとうという。

 CdSは街灯の照度センサー、ディスプレー用量子ドットや医療用発光材料として使われている、光半導体材料である。この材料に特定の波長の光を照射すると多くのエネルギーが高い電子を励起する。CdSを身にまとった酢酸産生菌は光を受けてこの電子を受け取り、それと水(H2O)およびCO2から、酢酸を合成する。いわゆる人工光合成では、H2Oは酸化されて酸素(O2)も生成されるが、今回の反応では、バクテリアが代謝するのとは別にシステインがH2Oの代わりに酸化され、アミノ酸のシスチンとなる。

 合成した酢酸は、食品のほか、各種樹脂や燃料の材料になるという。

CdSが葉緑体の代わりに

 自然界の光合成では葉緑素がこの光電変換の役割を果たしている。葉緑素は、特定の波長の光に対する量子効率は100%近くと非常に高いが、それ以外の波長の光に対しては反応性が低いため、太陽光全体に対する量子効率は低くなる。

 Sakimoto氏によれば、今回の酢酸産生菌のCH3COOHに対する量子効率は、中心波長が450nmの単色光に対しては80%と葉緑素に及ばないが、やや広い波長帯の光に対して感度を持つため、太陽光全体に対する量子効率は多くの植物を上回るとする。

 Sakimoto氏は、今回の手法について、量子効率の高さに加えて、合成した酢酸を取り出しやすいことも、既存のバイオ燃料に対する大きな優位点に挙げる。藻などで油などを合成するバイオ燃料では、油の取り出しに藻の分解処理など追加のコストやエネルギーが必要になる。一方、今回のバクテリアでは、合成した酢酸は酢酸産生菌の周囲の水に自然に流れ出すため、追加コストが非常に小さいという。

システインのリサイクルで真の人工光合成に

 一方、これまでの課題は大きく2つあった。1つは、酢酸の合成過程でシステインが酸化されてシスチンとなることである。シスチンは髪などの主要成分の1つで有用ではあるが、システイン自体は消費されてしまう。酢酸を合成するのに必須アミノ酸が消費されてしまうのでは、本末転倒となりかねない。

 ただし、Sakimoto氏によればこの課題は解決策が見えつつあるという。具体的には、マンガンフタロシアニン(MnPc)で色素増感した酸化チタン(TiO2-MnPc)を反応系に組み込むことで、シスチンをシステインに還元することに成功したという。システインのリサイクル機構を実現したわけだ。

 この場合、トータルな反応で酸化されるのはH2Oとなり、最終生成物としてO2が生成されるため、まさに人工光合成となる。ただし現状では、まだこのリサイクルの効率は低く、改善が必要だという。

 もう1つの課題は、利用するCdが人体や環境に有害であること。このため、Sakimoto氏は、別の光半導体、例えば、シリコン(Si)系やIII-V族半導体などでCdSの代替ができないかを検証中だという。

 Sakimoto氏は、「ハワイ出身の日系4世か5世」(同氏)。日本語のテレビ番組を見ていたことで日本語も少しだが分かるとする。