MAPbI<sub>3</sub>の構造と有機分子の回転モード。有機分子は、C-N結合を軸にした3回対称回転モードとC-N軸が面内で回転する4回対称回転モードを持つ
MAPbI3の構造と有機分子の回転モード。有機分子は、C-N結合を軸にした3回対称回転モードとC-N軸が面内で回転する4回対称回転モードを持つ
(出所:3者共同のニュースリリース)
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測定に用いられたMAPbI<sub>3</sub>単結晶
測定に用いられたMAPbI3単結晶
(出所:3者共同のニュースリリース)
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 日本原子力研究開発機構とJ-PARCセンター、総合科学研究機構らの共同研究チームは8月10日、ハライド系有機-無機ハイブリッド型ペロブスカイト半導体の原子レベルでの特性を解明したと発表した。

 ペロブスカイト半導体は、次世代太陽電池の材料として注目されており、今回の成果はより高機能な太陽電池を物質設計する際の基礎になると期待される。

 太陽電池には現在、シリコン半導体が主に使われている。しかし、シリコン系太陽電池は、変換効率の向上が限界に近づきつつある、波長が異なる太陽光をすべて電気に変換することが困難で、変換する際に一部の光が熱となって逃げてしまうといった課題がある。また、シリコン樹脂の作成には、大電力が必要となる。

 次世代太陽電池材料として期待されるハライド系有機-無機ハイブリッド型ペロブスカイト半導体の一つである「ヨウ化鉛メチルアンモニウム(MAPbI3)」は、半導体が光を吸収することで生成される「電荷キャリヤー」状態が再結合で消滅するまで極めて長い距離を移動でき、太陽電池材料として有利な性質を持つ。その一方で、熱伝導が極めて低いなど通常の半導体とは明らかに異なる性質を合わせ持つが、その理由は不明だったという。

 MAPbI3は、PbI6が作る八面体が頂点でつながった無機の骨格格子の中心にCH3NH3カチオン有機分子が入っており、外の無機格子は硬いが中の有機分子は柔らかいというハイブリッド構造を持つ。無機格子と有機分子が複雑に相互作用するほか、有機分子自体が電気双極子(ダイポール)として機能するため、原子レベルでの運動を調べるのが困難だった。これまで実験試料に用いられていた粉末体では、無機格子と有機分子の方向を含む相関関係の情報に乏しかったという。

 研究チームは今回、MAPbI3の大きな単結晶における物性を、中性子非弾性散乱・準弾性散乱という手法を用いて調べた。中性子非弾性・準弾性散乱実験は、物質による中性子の散乱(散乱強度)を、散乱方向とその際のエネルギーのやり取りを含む情報として測定するもので、物質の中の原子集団の原子振動や分子の回転・併進などの運動モードを分析できる。実験には、J-PARCに設置されたダイナミクス解析装置「DNA」と、冷中性子ディスクチョッパー型分光器「AMATERAS」を用いた。

 その結果、低温でのMAPbI3の斜方晶では、有機分子のC-N結合の方向が双極子間の相互作用により交互に反転するような状態(反強誘電)で揃っており、CH3、NH3基がC-N結合を軸として3回対称でジャンプ回転していることが分かった。次に、斜方晶から正方晶への相転移の際、有機分子では3回対称の回転運動が約30倍に加速するとともに、分子全体が4回対称で回転するモードが加わることが観察された。

 このとき、無機格子の集団運動の内、光学フォノンという特定の原子集団振動モードが消失していることを発見した。これは、有機分子の4回対称回転運動に伴う電気双極子の方向の無秩序化が引きがねであることがコンピュータシミュレーションで示された。さらに、熱伝導度の温度依存性のデータと照らし合わせ、原子集団の励起エネルギーが非常に小さく、熱伝搬速度が遅いため、熱伝導が極めて低く抑えられていることが分かった。

 これらの結果は、原子集団振動のエネルギーが、有機分子のねじれ振動や伸縮振動など局在した分子振動を励起しやすいことを示している。励起状態になった有機分子は、電子やホールからエネルギーを受け取れないため、電子とホールが再結合できずキャリヤーのまま居続けると考察される。電気双極子をもつ有機分子の回転モードは、低い熱伝導の原因となる一方、電荷に強く作用しキャリヤーの伝導を妨げて移動度を抑制する。低い熱伝導がキャリヤーの寿命を支え、結果的に極めて長い拡散長につながるという。

 今回の成果は、電気双極子を形成する有機分子を含む有機-無機ハイブリッド型ペロブスカイト半導体すべてに当てはまる。ペロブスカイト半導体の作成には高温も真空も必要なく、印刷技術を適用することで製造コストを大きく下げられる可能性がある。現在の環境負荷が大きく生産コストの高い太陽電池に置き換わる、高機能で安い次世代型太陽電池の実用化の加速が期待される。研究成果は、英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版に6月30日に掲載された。