本書で多くのページを割くのが、自動車業界のレジェンドであるポルシェ博士の孫で、当時のVW社で実質的なトップだったフェルディナント・ピエヒ氏の歴史である。同氏がイエスマンだけを幹部に引き上げて、独裁権威主義と言える企業文化を築いたことが不正問題の背景にあるというのだ。

 イエスマンの代表が、2007年にVWグループCEO(最高経営責任者)に就任したマルティン・ヴィンターコルン氏である。ピエヒ氏と二人三脚でVW社を経営し、強烈なトップダウンで技術者を支配した。正当な技術論を封じられて犯罪行為に手を染めてしまったVW社の技術者らには、私も技術者の一員として、同情を禁じ得ない面がある。

 ただ本書には、私の経験に照らして納得しかねるところもある。会議の様子を描く場面で、著者が「参加者は誰一人、発覚したときの重大さに気付いていなかった」と技術者を擁護することだ。デフィート・ソフトの採用が明らかな犯罪行為であることは、自動車技術者にとって常識である。「気付いていなかった」ことなどあり得ない。

 不正事件の発覚後にヴィンターコルン氏はCEOを辞めた。ただ同氏は、EPAによる発表まで不正があったことを知らず、少数の従業員だけで実行したと主張する。発表の1年半以上も前からEPAはデフィート・ソフトの存在を疑い、調査していたにもかかわらず、トップの耳に入っていなかったというのだ。信じがたい話しである。

 VW社による排ガス不正問題は最近、他社製ディーゼルエンジンの問題に波及している。2017年7月にドイツ誌「Spiegel」が、VW社を含むドイツ自動車メーカー3社がディーゼル車の排ガス対策装置などでカルテルを結んでいた疑いがあるとして欧州委員会が調査していると報道した。闇の深さは増すばかりだ。著者のユーイング氏は最近、他社のディーゼルエンジン問題への広がりなどについて取材し、ニュースを発信している。全容を読み解く後編にも期待したい。

「フォルクスワーゲンの闇」、私はこう読む――大聖泰弘 早稲田大学名誉教授