今回作製したアントラセン単層結晶薄膜 
今回作製したアントラセン単層結晶薄膜 
(ア)アルカンチオールにアントラセン骨格を化学修飾した分子。(イ)(ア)の分子を用いて作製したアントラセン 単層結晶のSTM像。(ウ)STM像の解析などから得られた表面構造(出所:慶應義塾大学)
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新たに見出された現象のイメージ 
新たに見出された現象のイメージ 
(ア)アントラセン励起子を生成しながら測定したフェムト秒時間分解光電子スペクトル。励起子の消滅により放出された鏡像準位の電子に由来する信号が検出された。(イ)今回観測に成功した光励起過程の模式図。励起子の消滅エネルギーを鏡像準位の電子に与えることで、表面から電子が飛び出す(自動イオン化)(出所:慶應義塾大学)
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 慶應義塾大学は4月14日、有機薄膜デバイスの構成要素であるアントラセン分子の単層結晶薄膜を室温で形成することに成功し、この有機単層結晶薄膜の光電変換過程における電荷分離の様子を解明したと発表した。太陽電池や発光デバイスなその有機光電変換デバイスを高効率化するための基盤技術として期待できるという。

 有機光電変換デバイスの多くは、真空蒸着法やスピンコート法などを用いて有機薄膜を積層して作製する。光電変換効率を飛躍的に向上させるには、有機薄膜内の励起子や電荷の空間的な広がりが重要であることが理論的に示されているが、従来の作製手法では薄膜の均一性と結晶性を高めるのに限界があると指摘されていた。

 また、光エネルギーを電流に変える光電変換の過程を解明するには、光吸収によって生成する励起子の形成から電荷生成までの過程について、フェムト秒(1000兆分の1秒)からピコ秒(1兆分の1)の超高速の時間分解能の分光計測が不可欠だった。

 今回、アントラセン分子に鎖状のアルカンチオールを連結させた分子の溶液に金の基板を浸漬することで、分子同士が集合して整列する自己組織化を促進させて、均一なアントラセン単分子薄膜を作製した。金表面に吸着したアルカンチオール分子の配列が幾何的に無理のない集合構造をとることで、末端のアントラセン分子同士が単層で結晶化したと考えられるという。室温で簡便に作製できることから、高機能な有機デバイス作製につながるという。

 また、得られたアントラセン単層結晶薄膜について、フェムト秒時間の精度で光電子分光を行い、光で励起された電子状態が変化する様子を追跡し、分子薄膜の表面上に2つの特徴的な電子状態(鏡像準位と表面電荷分離状態)を観測した。鏡像準位に励起された電子は、表面上を自由電子に近い状態で1.1ピコ秒の寿命で滞在した。アントラセン分子内の電子を励起する光(波長400nm)を用いると、この励起子が2.5ピコ秒の間、単層結晶内に閉じ込められることが分かった。

 さらに、この鏡像準位の電子が単層結晶内の励起子と相互作用して表面から飛び出すという現象を見出した。単層結晶中に閉じ込められた励起子が消滅する際に失うエネルギーを、表面上の鏡像準位に滞在している電子が受け取った結果、電子が表面から飛び出す。

 一般に、表面上に広がった電子状態は、分子に局在する励起子とは、強く相互作用しない。しかし、分子が整列して単層結晶が形成されると、励起子が単層内を広く動き回れるようになり、エネルギーの授受が可能になる。今回、有機光電変換デバイスにおける電荷分離の過程で、電荷が拡散できる範囲を広げることが有効であり、そのためには有機分子を整列させた結晶化が効果的であることを実験的に示した。

 今回の研究で得られた、自己組織化を利用した単層結晶薄膜の作製技術は、有機電界効果トランジスタなどの有機デバイス関連のナノテクノロジーに不可欠と考えられるという。従来の真空蒸着法で作製したアントラセン薄膜はデバイス動作環境(0~100℃)では基板表面で不安定だが、今回作製したアントラセン単層結晶は表面上に化学的に固定化されており0~100℃の温度領域でも十分安定だった。これは、基板上で安定性の乏しい機能性有機分子でも有機デバイスに活用できることを示すとともに、単層結晶薄膜における新たな光励起過程が解明できる道を開くと期待されるとしている。

 今回の研究は、戦略的創造研究推進事業総括実施型研究(ERATO)「中嶋ナノクラスター集積制御プロジェクト」、慶應義塾基礎科学・基盤工学インスティテュート(KiPAS)(基礎化学・生物学分野)「ナノクラスターの秩序集積によるシステム化学」の一部として実施した。研究成果は、米国化学会の学術誌「ACS NANO」のArticlesオンライン速報版で2017年4月11日(米国時間)公開された。