今回から「イノベーションの設計図 個の設計編」に入る。これまで解説してきた「イノベーションの設計図 組織の設計編」は、組織やシステムに焦点を当ててきたが、個の設計編では、マネジャーや部員という個がテーマである。なぜ個の設計編が必要なのか、まず組織の設計編の要諦を振り返りながら、その理由を説明していこう。

組織の設計ではやる気を起こさせる

 組織の設計編の要諦は、「イノベーションに挑戦する『人』を、どのようにしてマネジメントの力で育成していくか」および「イノベーションに挑戦する『組織(人の集合体)』を、どのようにしてシステムの力で醸成していくか」である。その根底にある考え方は、「人を操るのではなく、感激させてやる気を起こさせる」ことだ。すなわち、「しなければならない」という恐れの感情を、「したい」という喜びに満ちた挑戦する力に変えることである。

 新しいことに挑戦する場合、過去の成功体験と将来への不安が邪魔をして、一歩踏み出すことを躊躇(ちゅうちょ)させ、結果として現在の“場”にとどまりがちになる。こうした状況では、他社の成功事例や、それを導いたマネジメント手法はあまり参考にならない。

 なぜなら、それは全て過去のもので、しかも現在の課題とは状況が異なるからである。そのため、組織の設計編では他社の事例や手法よりも、近年急速に発達してきた脳科学の知見を重視した。科学的な視点から人間の本質を知り、その本質に根差したマネジメントを実践するためである。

 しかし、適切なマネジメントとシステムがそろっていても、それらを実際の挑戦に活用できない人がいる。これはとても重要で冷徹な現実である。組織の設計編では、その人を「不燃性の人材」と表現した。いくらマネジャーが支援しても「燃えない人」だ。加えて、「安心」した状態ではマネジメントとシステムが効果的だが、「不安」な状態ではほとんど効かないという人もいる。

 今回から始める「個の設計編」では、適切なマネジメントやシステムが整えられた環境を有効に活用できる個(マネジャーと部員)とはどのような人なのかを、個の行動・態度に焦点を当てて考えていく。

 脳は約1000億個の神経細胞が互いにつながり合い、回路(ネットワーク)を作ることでさまざまな機能を発揮する。神経回路を柔軟に変化させて土台を完成する時期を感受性期(臨界期)という。この時期を過ぎると、その後は発達しにくい機能もある。つまり、脳神経のネットワークが発達していく段階で、多くの行動や態度といった資質が決定されるのだ。逆から見れば、脳神経のネットワークがほぼ完成された後では、個の行動・態度は変わりにくいとされる。

 ただし、脳には「可塑性」(脳神経のネットワークが生涯にわたり変化すること)もある。このため、学習や訓練によって行動・態度に関する新しいネットワークが再構築できる可能性はある。