植物由来の新材料であるセルロースナノファイバー(CNF)。木材の繊維をナノサイズの直径にまでほぐした材料である。このCNFの開発を引っ張っているのが、京都大学の矢野浩之氏だ。実験材料に用いる丸太を担ぎ、木のずっしりとした重さを肌で感じ取った経験が、CNFの開発へとつながっていった。今、自動車分野への応用という大きな目標を掲げて活動している。

写真:尾関裕士
写真:尾関裕士

 その日、窓の外を見るとヒマラヤスギが幹を大きくしならせる姿が見えました。ちょうど台風が接近してきており、強風が吹いていたためです。

 1990年代初め、私は楽器に使う木材の開発に携わっていたのですが、面白い研究だと思う半面、今後30〜40年間という時間を楽器に捧げていいものか悩んでいました。そんな気持ちで風に耐えるヒマラヤスギを見ていると、心の中である思いが徐々に大きく膨らんでいきました。

 それは「木は強くなりたいんだ」という思いです。つまり、木は楽器になろうとして進化を遂げてきたわけでは決してなく、周囲の過酷な自然環境に耐えて強くなろうとする方向で進化し続けてきたと感じたのです。

 このヒマラヤスギのことがきっかけになり、私は研究者として強い木材を造っていこうと決めました。ここから木材の「作り手」である木の「声」に耳を傾けながら、研究するようになっていきます。

 そんな時、偶然ある先生が紙の原料となるパルプ繊維が1GPa以上という非常に大きな引っ張り強さを持つという話をしてくれました。これは鋼を上回る数値です。私は強い木材を造ってやると心に決めていましたが、木が強いという保証があったわけではありません。ですので、この引っ張り強さの話を聞いて自信が出たのを覚えています。

 ただ、問題点もありました。1本の繊維が強くてもパルプ同士の結びつきが弱いため、成形品の強度がなかなか出ないのです。