大規模な最適化問題の解を、常識破りの速度で導ける専用コンピューターの開発が盛り上がってきた。先行する量子アニーリング方式の量子コンピューターを追って、新たな手法やアーキテクチャーが日本国内から次々に登場している。いずれもムーアの法則が失速した後の市場に狙いを定める。

 量子コンピューターが実用期に入った。世界で初めて商用化したカナダD-Wave Systems社の製品が、利用の裾野を広げている。同社の製品が量子効果に基づくかどうかを問う、かつての「真贋論争」は影を潜め注1)、高い性能をどんな用途に生かすべきかに議論の焦点が移ってきた格好だ。

注1)2013年に米University of Southern Californiaの研究チームが、D-Wave社の量子コンピューターで量子力学的効果が機能していることを確認1)。2015年12月には米航空宇宙局(NASA)や米Google社などが、問題によっては通常のコンピューターの1億倍高速に処理を実行できると発表した(関連記事)。

 2016年10月に米Los Alamos National Laboratoryは、D-Wave社の製品を用いた画像処理や機械学習など11の研究プロジェクトが進行中と公表注2)。2017年1月上旬には、D-Wave社がソフトウエアの開発環境の一部をオープンソース化した。同社は同月下旬に新製品の「D-Wave 2000Q」を発売し、サイバーセキュリティを手掛ける米Temporal Defense Systems社が最初の顧客になったと発表注3)。日本でも「数社がD-Wave社の技術に興味を示しており、カナダの現地で使用を始めた企業、クラウドを介した利用を検討している企業などがある」(国内で営業支援の窓口を担当するハーディス)という。

注2)2016年6月に同研究所がD-Wave社の量子コンピューターの活用プロジェクトを募集した結果、11のプロジェクトに資金が割り当てられた。電子状態計算のためのグラフの分割問題や、最短経路を求める問題、ビンパッキング問題(いくつもの荷物があった場合にそれらを収められるビンの数の最小値を求める問題)なども含まれる。詳細は同研究所のWebサイトにある。
注3)「D-Wave 2000Q」のアーキテクチャーは既存製品と同様だが、「アニールオフセット」と呼ぶ機能を新たに実装し、個々の量子ビットのアニーリングを調整可能にした。問題によっては、この機能で1000倍以上の高速化が可能という。Temporal Defense Systems社は新機種を1500万米ドル(約17億円)で購入。どのような問題に量子コンピューターを活用するかは不明で、「先進的な企業とのイメージを打ち出すために導入したのではないか」(量子コンピューターの研究者)との見方もある。

  独走するD-Wave社を追う動きも急だ。対抗する新型コンピューターの開発が日本や米国で進んでいる。とりわけ日本では、D-Wave社とは異なる方式の提案が、NTTや富士通、日立製作所などから相次いだ。2017年以降に順次実用化を進める見込みだ。現時点のD-Wave社製品の弱点を克服することで、逆転のチャンスは十分あると見る(図1)注4)

注4)米国では、例えばGoogle社がD-Wave社と同様な量子アニーリング方式の専用コンピューターの開発に乗り出している(関連記事)。Google社は他にも、「量子ゲート方式」と呼ばれる別方式の量子コンピューターも開発中。量子アニーリング方式が得意な組み合せ最適化ではなく、素因数分解など異なる種類の問題を高速に実行できる専用機といえる。
図1 組み合わせ最適化向けの新方式が相次ぐ
図1 組み合わせ最適化向けの新方式が相次ぐ
組み合わせ最適化問題を高速に解くための専用コンピューターの開発が加速している。カナダD-Wave Systems社が開発した量子アニーリング方式の製品を追って、さまざまな新方式の研究開発が進む。(上の写真はD-Wave Systems社、左下の写真はImPACT山本プロジェクト)
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 これらのコンピューターは、従来のコンピューターが苦手な処理を担う専用機である。適用対象の問題ならば、既存のコンピューター上のソフトウエアと比べて数十~1000倍以上も高速に解を出せる。こうした専用機が脚光を浴びるのは、コンピューターの性能向上が今後は頭打ちになるからだ。各社はムーアの法則の失速が顕著になるにつれて、専用機への需要が高まると見る。近未来の業界標準の座を巡り、多数の方式が入り乱れる状況だ。