「トヨタ流人づくり 実践編 あなたの悩みに答えます」では、日本メーカーの管理者や社員が抱える悩みに関して、トヨタ自動車流の解決方法を回答します。回答者は、同社で長年生産技術部門の管理者として多数のメンバーを導き、その後、全社を対象とする人材育成業務にも携わった経歴を持つ肌附安明氏。自身の経験はもちろん、優れた管理手腕を発揮した他の管理者の事例を盛り込みながら、トヨタ流のマネジメント方法を紹介します。
悩み
生産技術部門で働いている技術者です。入社して10年が経ちます。最近、技術の変化が特に速くなり、焦りを感じています。ところが、新しい技術を導入しようとしても、実績や信頼性が不確かな点を周囲から突っ込まれて、なかなか実用化に至りません。このままでは未来に対応できないのではないかと心配になります。どうしたら未来志向の技術開発ができるのでしょうか。

編集部:人間の英知を駆使しても、未来を正確に見通すことはできません。今、人工知能がはやっていますが、製造業や社会が変化した先にある未来の姿を想像する力は持ち合わせていません。未来を正確に見通せない中で、新技術が未来に適するか否かを判断することは難しい。それなのに、開発した新技術の実績や信頼性を厳しく問われても、うまく回答できないでしょうね。

 そもそも、実績がある技術は新しいとはいえませんし、まだ実用化していない技術の信頼性を突っ込んでも答えられない気もします。これでは、いつまでも既存技術に固執し、新技術に切り替えることができないのではないかとさえ思ってしまいます。トヨタ自動車ではこの点を、どう考えているのでしょうか。

肌附氏—私が知る限り、他社と比べてトヨタ自動車は、新しい技術を受け入れることに対して、結果としては寛容なのではないかと感じます。その大きな理由の1つは、新しい技術を開発するときに、目先の損得ばかりを見ずに「トヨタ自動車や世の中にとって重要かどうか」という視点で判断するからでしょう。

 トヨタ自動車でも、もちろん事業の収益を厳しくチェックしています。ところが、こと新しい技術になると、足下の収益性やその見込みだけで新しい技術の採否を決めないのです。

編集部:厳しく業績を問われる企業が多い中で、必ずしも収益性が約束されていない新しい技術に寛容な姿勢を見せることは珍しいですね。なぜでしょうか。

肌附氏—これも突き詰めると、「あるべき理想の姿」に向かって常に改善を考えて実行しようとする「改善マインド」を持っている社員がトヨタ自動車には多いからでしょう。

 うまくいっているからといって、決して現状に満足するのではなく、常に「もっと良い方法はないか」と考え続ける。こうして次の目標を設定し、その目標と現状の間にあるギャップを新たな課題として、その課題を埋めるために努力する。決して諦めずに課題を解決して新しい目標に到達したら、再び次の目標に向かって水準を高めていく─。こうした一連の活動がごく当たり前に身に付いている社員が多いからこそ、トヨタ自動車は新しい技術を受け入れようとするのだと思います。

編集部:改善を積み上げて未来の変化に対応していくというわけですね。