20年以上もたったとは信じられません。1992年。初めての海外出張で目にしたのは、思えば拡張現実感(AR:Augmented Reality)の走りとも言える研究成果でした。現実の紙に描いたイラストを指でなぞったりするだけで、あたかもコンピューターの画面上にあるかのようにコピーやペーストができる。発表者が紹介した研究成果のイメージビデオは、まさしく魔法に見えました。種を明かせば、操作者の頭上にあるカメラやプロジェクターを駆使した、変哲もないシステムです。しかし、現実の物体をコンピューター内のデータと同様に扱うという発想は、今でも鮮やかに映ります。

 もはやARという言葉は当たり前になり、幻滅期にあると言う方もいるほどです(記事)。ただし発想を膨らませて、現実の物体を情報処理の力で自在に操る技術をARと呼ぶなら、いわゆるIoTが目指す先とピタリと重なる気がします。どちらも応用先は多種多様な産業です。建築しかり、警備しかり、農業しかり。ARあるいはIoTの技術は、今号の特集記事にある通り、人手不足が顕著になる将来に向けて、ますます活躍の場を広げるでしょう(記事)。

 本誌のInnovator欄でも、情報と電子の技術を武器に、多岐にわたる業界で「現実を拡張する」方々にインタビューしてきました。今号でうかがった土木分野の取り組み(記事)をはじめ、農業(7月号)、手術(10月号)、アシストロボット(11月号)などなど。一連の取材を通して、予想を超えた各分野の進歩に驚くとともに、日本の第一人者は世界でも最先端と言えることを実感しています。誌面では伝え切れなかった、これらのインタビューの全貌を読者限定のデジタル別冊にまとめました(nkbp.jp/NE15inv)。今号と併せてお読みいただければ、筆者の見方が贔屓目ではないことが伝わるはずです。

 ちょっと気になるのは、自社のやり方を世界的な標準に仕立てようとする動きが、各社ともそこまで顕著ではないことです。産業用途といえども、独自の方法が並立して、長期間すみ分け続けられる保証はありません。「Industry 4.0」や「Industrial Internet」といった標語を高らかに掲げる海外勢に比べると、日本企業の声は小さいようにも感じます。

 20数年前には圧倒的なシェアがあったNECの「PC-9801シリーズ」は今はなく、NTTドコモの「iモード」は世界標準にはなれませんでした。進化の最前線を切り開く先駆者が、系統樹の袋小路に迷い込まないことを祈ります。