タイに拠点を置く日系企業の工場が独自の歩みを始めた。高品質の製品を東南アジア地域6億2000万人の市場に供給する基地としての役割を担うようになり、労働賃金の安さだけに頼ったやり方は過去のものになった。ただし、「日本をそのまま模倣するのはベストとは言えない」と考える日本企業が増えている。日本のコピー工場からの脱却を目指す3社の工場を取材した。

 「日本人が課題の解決策を示すのではなく、タイ人にもっといい方法を考えてほしい」〔MATSUI(ASIA)社長の二之宮和義氏〕。タイ国内の日系企業の工場が、独自の歩みを始めた。人件費の安さに頼るのではなく、労働者の質の高さを生かして高付加価値製品を生産する方向に大きく舵を切っている。そこで重要になるのが、日本人がそれほど関与しない工場運営だ。

 背景にあるのは「タイは既に、ASEAN(東南アジア諸国連合)におけるものづくりのリーダーとしての地歩を固めつつある」(タイ工業省次官のUdom Wongviwatchai氏)ことである*1。ASEAN共同体という6億2000万人の大市場への輸出に有利な立場である一方、最低賃金の引き上げに伴って、コストの安さでは周辺国と競争できなくなりつつある。そこで生産性を向上させるとともに、付加価値の高い製品へと生産品目を移行させる必要が生じている。

*1 2015年10月21日、海外産業人材育成協会(HIDA)、HIDAの前身である海外技術者研修協会(AOTS)同窓会と共同で、日経BP社がタイ・バンコクで開催した「アジアものづくりカンファレンス」での講演による。

 これらの点は高度成長期以降の日本と似ており、製造業における対応もこれまでの日本のやり方が役立った。工場でのカイゼンなどの内容も日本人の指導の通りに進んできた。しかし、それでは限界があることも分かってきた。高付加価値製品を造っていくには、タイの工場が日本のコピー工場から脱却し、独自の進化を遂げる必要がある。

 こうした目的の下、タイ人労働者の質の高さに注目して高付加価値品の生産を手掛けるRoland Digital Group(Thailand)社、MATSUI(ASIA)社、Carbon Magic(Thailand)社の工場の取り組みを紹介する。