NAVIGATOR'S EYE
今回の筆者は、制御工学を一貫して研究し、技術研究組合制御システムセキュリティセンター(CSSC)の理事長を務められている電気通信大学教授の新誠一氏です。生産システムや社会インフラにおける制御システムのセキュリティーの重要性がさらに高まる中、これに対応していくための仕組みの現状についてご紹介いただきます。

 人の定義の1つに「道具を使う動物」というものがある。道具、すなわち物は、人の力の源泉である。わが国の歴史も「縄文」という土器の名称から始まった。そして、物づくりは人類にとって常に大きな課題だった。

 もっとも、この物という概念が20世紀に大きく変わった。その契機は、ソフトウエアの導入である。素材としての物に始まり、駆動機構が組み込まれ、やがて自前のエネルギーを持つようになった。20世紀は電気の時代である。蓄電器や電灯、発電機、モーターなどが登場し、社会を大きく変えた。1946年に米国で発明された黎明期のコンピューター「ENIAC(Electronic Numerical Integrator and Computer)」や、1971年に発明されたマイコンが、物への知能の導入を果たした。いわゆる「組み込み化」である。

 このように拡大された概念の物を、本稿では「もの」と呼ぶことにする(図1)。もの化に伴い、物づくりも「ものづくり」も変わらざるを得なくなった。例えば、安全性である。安全性の概念は、メカの機構だけに注目する機械安全から、ソフトが安全性を担保する機能安全へと広がった。しかも、ソフトには出来上がった後でも変えられるという特質がある。いわゆるアップデート(update)という考え方であり、ものは変化するようになった。

図1 「物」から「もの」へ
図1 「物」から「もの」へ
ソフトウエアの導入(ソフト化)によって、「物」の概念は「もの」に拡張された。

 このアップデートには、外部との通信が不可欠である。ものとパソコンなどが通信ポートを介して結合されている。そして、この通信ポートは、ソフトの開発時やアップデートだけではなく、ものの内部の状態監視や、ものとものの通信にも使われ始めた。

 現在ではEthernetやUSB、携帯電話網、無線LANなどの通信ポートを介して、ものとものの通信が当たり前の時代を迎えている。これこそがIoT(Internet of Things)である。