NAVIGATOR'S EYE
今回の筆者は、2015年まで特許庁から新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に出向し、標準化や知財に関する調査に従事していた大谷純氏です。ドイツ企業がどのような市場戦略を描いているのか、「インダストリー4.0」に関連した特許出願動向に基づいた分析結果をご紹介いただきます。
本稿に関連した調査は、筆者がNEDO出向時に実施したものであり、特許庁の公式見解を示すものではありません。

 ドイツが推進する「Industrie 4.0」(以下、インダストリー4.0)では、標準化が戦略の核となるのは明らかである。特に異なる業種間や機器間の連携をソフトウエアが担い、付加価値を創出するには、共通言語やプロトコルの標準化が不可欠である1)。インダストリー4.0のレファレンスモデルである「Reference Architecture Model Industrie 4.0(RAMI 4.0)」において、個々の機器の違いを吸収してあらゆる機器をインダストリー4.0コンポーネントにする「Verwaltungs-Schale」(管理シェル)という概念が提案されているように、ソフトウエアによる付加価値創出を実現する準備が着々と進んでいる2)

 しかし、このような標準化の動向を追い掛けているだけでは、インダストリー4.0による経済成長や競争力向上の源泉がなかなか見えてこないのではないか*1。例えば、プロトコルの標準化は、個々の企業にとって直ちに利益をもたらすわけではない。標準化する部分に自社技術が採用され、知的財産権が確保されていれば、利益をもたらすであろう*2。機器メーカーからすれば、標準化によって機器の相互接続性が高まり、販路の拡大が期待できるかもしれない。それでも、同様の機能を持つ機器が他にも存在していれば、価格競争にさらされるリスクがある。

*1 その他の理由として、インダストリー4.0ではユースケース(想定される使用形態)の策定を先行させて標準化のターゲットを具現化しつつ、ユースケースを原則として非公開にしていることが挙げられる。ドイツは、標準化の情報公開について、ドイツが優位性を失わない範囲で戦略的に公開内容を限定・抽象化しているか、時期的に公開を遅らせている。

*2 筆者がドイツで現地調査を実施した際にある大企業から聞いたところによれば、共通言語の標準化において、自社技術の採用を見据えて、新しい用語を人工知能で自動認識する技術の開発も想定しているという。

 付加価値を創出するのがソフトウエアになるということは、競争領域がソフトウエアにシフトすることを意味している。共通言語やプロトコルの標準化によってオープンな協調領域が構築されれば、それを土台としてソフトウエアの領域で激しい競争が繰り広げられ、新たなビジネスが生まれる。当然ながら、各企業の思惑が交錯する競争領域では知的財産権による攻防が起こるだろう。

 そこで本稿では、標準化と関連性の高い特許出願動向に基づいて、インダストリー4.0に透けて見える未来のビジネスモデルを推測する。さらに、日本企業が目指すべきスマートものづくりを考えてみたい。