高耐圧パワーデバイスで現在主流のIGBT。産業機器から自動車、再生可能エネルギー向け電力変換器で幅広く利用されている。今後も主役であり続けるために、パワーデバイス・メーカーはIGBTチップのコスト削減と、IGBTモジュールの使い勝手向上にまい進している。

 Si IGBTが鉄道で初めて実用化されてからおよそ30年。性能向上の伸びしろが年々小さくなり、数年前まで「SiCに置き換わるのでは」との声も出るほどだった。

 SiCパワーデバイスは、鉄道分野や太陽光発電システムのパワーコンディショナー、情報通信機器などで採用が始まっている。だが、同デバイスの価格は高止まりしており、数年前の予測よりも売れ行きは鈍い。

 SiCが苦戦する中で、IGBTは再び性能向上や低コスト化の道筋が見え始めたことから、パワーデバイス・メーカーは、「Si IGBTの開発にアクセルを踏み始めた」(複数のパワーデバイス・メーカー)ところだ。

 パワーデバイス・メーカーは、IGBTの電力損失を小さくするという性能向上を実現しつつ、コスト削減と使い勝手の向上を図っている(図1)。コスト削減に関しては、IGBTチップのコストを削減する動きが活発である。大きく2つある。

図1 IGBTのさらなるコスト削減やモジュールの使い勝手向上が進む
図1 IGBTのさらなるコスト削減やモジュールの使い勝手向上が進む
口径300mmの大きなSiウエハーでIGBTチップの生産効率を上げたり、ダイオードと1チップ化したりして、パワー素子の製造コストを下げる取り組みが目立っている。加えて、ユーザーの使い勝手向上を考慮したパワーモジュール製品の提案が相次いでいる。
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 1つは、口径が大きいSiウエハーを使ってIGBTチップの生産効率を高める動きだ。同チップは口径150~200mm(6~8インチ)ウエハーで製造するのが一般的。これに対してドイツInfineon Technologies社は、高耐圧パワーデバイスにとって大口径と言える300mm(12インチ)ウエハーでの製造に力を入れている。300mmウエハーの利用で、200mmウエハーに比べてチップの取れ数が2倍強に増えるとされており、大幅に生産性が高まる。

 300mmウエハー適用の第1弾の製品は、super junction構造を採用するパワーMOSFETだった。その後、車載半導体に適用範囲を広げている。まずはパワーウインドウやドアコントロール、サンルーフ、燃料ポンプなどの車載用ブラシレスDCモーターの駆動に向けた耐圧40VのパワーMOSFETを2015年から300mmウエハーで量産を始めた。その後、電気自動車(EV)やハイブリッド自動車といった電動車両のメーンのモーターを駆動するインバーターなどの電力変換器に向けたIGBTの量産に適用。2016年5月に開催されたパワーデバイスの世界最大級のイベント「PCIM Europe 2016」では、耐圧750Vの車載IGBTチップを出展した。

 300mmウエハーの製造ラインに関しては、オーストリア・フィラッハに試作ラインが、ドイツ・ドレスデンに量産ラインがある。ドレスデンの拠点はもともとDRAMメーカーのドイツQimonda社が有していたもの。同社の経営破たんをきっかけに、2011年にInfineon社がおよそ1億ユーロで手に入れた。この製造ラインを持ったことが、Infineon社が競合他社に先駆けて300mmウエハー製造を始めた「契機になった」(日本のパワーデバイス・メーカー)。

 Infineon社が300mm化にまい進する一方で、IGBTの大手である三菱電機や東芝、富士電機、日立パワーデバイスといった日本企業は今のところ300mmウエハーで製造する動きはない。前述のように、200mmウエハーがメーンで300mm化には新たな投資が必要になるからだ。