インホイールモーターは、それ自体で「走る」「曲がる」「止まる」をほとんど実現する。数ミリ秒と速く動くため、既存のブレーキやステアリングの機能を凌駕することもある。従来の横滑り防止装置を上回ることに加えて、ばね下の速い振動まで抑えられる。2020年頃の実用化を目指して、課題を解決する取り組みが活発になってきた。

 ホンダが2016年8月に発売したスポーツカー「NSX」に採用した、3モーター式ハイブリッド機構「SPORT HYBRID SH-AWD」(図1)。ホイール内にモーターを搭載するインホイールモーター(IWM)で実現する高い運動性能を、先取りした技術と言える。車軸を介して車輪を駆動する2基のモーターで「走る」にとどまらず、「曲がる」「止まる」ことまで制御する。

図1 2モーターで前側左右輪を独立制御
図1 2モーターで前側左右輪を独立制御
ホンダが「NSX」に搭載する「SPORT HYBRID SH-AWD」。前輪側に2モーター機構を車両中央付近に搭載する。後ろにエンジンとモーター1基を用意し、後輪を駆動する。2モーター機構でトルクベクタリングを実現する。
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 車両の前にモーター2基、後ろに排気量3.5LのV型6気筒ターボガソリンエンジンとモーター1基を置く。後ろのモーター1基(出力35kW)は主に「走る」に貢献し、ターボの応答遅れを抑えるのに使う。

 一方、NSXの「曲がる」性能を大きく左右するのが、前側の車両中央付近に置く最高出力が各27kWの2基のモーターである(図2)。左右輪のトルクに差を付ける「トルクベクタリング」を実現する。車両を上から見た回転方向のモーメント(ヨーモーメント)を高めて、旋回性能を上げられる。モーターを回生ブレーキとして使えば、「止まる」力も出せる。

図2 2モーターの構造
図2 2モーターの構造
最高出力27kWのモーターを2基搭載する。モーターの間に減速機とクラッチ、ブレーキを搭載する。
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 トルクベクタリングは、油圧で実現する機構が既にある。モーターを使ったトルクベクタリングが優れるのは、加速方向に加えて、減速方向に力を出せること。減速しながら曲がる場面でも、ヨーモーメントを高められる。油圧式は、減速方向に力を出せない。

 例えば右に曲がるコーナーに進入するとき、進入する手前でモーター2基の回生ブレーキと機械式ブレーキを協調して減速する。回生ブレーキで発電した電力は電池に充電する。その後、内輪側に軽くブレーキをかけて車両の向きを曲げ始める。このとき、モーターは回生ブレーキ中で減速方向のトルクを発生している。この減速トルクを外輪側よりも内輪側で大きくして、ヨーモーメントを高める。