AI のカギを握る学習データ。そのデータを巡り、自動車大手とIT 大手の連携が加速する。中でも、リスクを果敢に取るのがホンダだ。Google社との協業を検討し始めた。Google社を警戒するFord社やVolkswagen社、日産は、Amazon社やMicrosoft社に注目する。一方、AI の自社開発に挑むのがトヨタ。自動運転AI の開発で主役に立つのは誰か。

 自動運転車にソフトバンクグループや米Alphabet社(米Google社の持ち株会社)などが注目している。そのデータ収集能力に期待するからだ。自動運転車の走行性能を左右する、人工知能(AI)の1つであるディープラーニング(深層学習)。解析精度を高めるカギを握るのが、学習に使う画像や音声などのデータ(教師データ)の量と質である。

 自動運転車は、走るデータ収集装置と言える。カメラやミリ波レーダー、赤外線レーザースキャナー(LiDAR)を中心に、多くのセンサーを搭載する。車内にカメラやマイク、脈拍センサーなどを置き、乗員の行動や会話、生体情報などを把握する開発も進む。

 自動運転車からデータを集めてAIで解析すると、人の行動や嗜好、健康状態、さらには感情まで推定できる。大手IT企業にとって、そのデータはのどから手が出るほどに手に入れたいものだ。

 AIの開発では、IT企業が先を行く。有力な新興企業を、Google社などがいち早く買収している。世界の自動車メーカー各社は、大手IT企業との協調路線に舵を切り始めた(図1)。中でも、リスクを果敢に取って動くのがホンダだ注1),注2)

図1 自動車メーカーの連携がIoTとAIの開発を巡って加速
図1 自動車メーカーの連携がIoTとAIの開発を巡って加速
最近はホンダが活発で、ソフトバンクやGoogle社と提携する。ドイツ企業は、傘下の地図メーカー大手HERE社を介して、画像認識や半導体を手掛ける複数のメーカーと協業する構図が見えてきた。大量データ解析では、Amazon社の存在感が高まっている。主なメーカーの関係と力を注ぐ領域を記した。日経Automotiveの推定を含む。
[画像のクリックで拡大表示]

注1)協調路線を志向しつつ、Google社を警戒して他の大手IT企業を選ぶ自動車メーカーは多い。受け皿として存在感を高めるのが、ネット通販とクラウド最大手の米Amazon.com社である。米Ford Motor社やドイツVolkswagen(VW)社は2017年1月、Amazon社のAIを使った音声認識・対話機能「Alexa」と、自動車を連携する技術を発表した。両社とも、車両と住宅内の機器を音声で遠隔操作する。Ford社は、同年1月に住宅内からクルマ、同年夏にクルマから住宅内の機器を音声で制御する機能を実用化する。Amazon社の音声認識装置「Echo」を住宅内に置いて使う。

注2) Amazon社の「Echo」は、米国内で数百万台売れているとされるもの。住宅内でEchoに話しかけて車両のドアを開閉したり、エンジンを始動したりする。逆にクルマの中では、Alexaを採用した車載情報サービス「SYNC 3」の搭載端末に話しかけて、住宅内のAlexaに対応した空調機器などを制御する。米Microsoft(MS)社も、Amazon社に次ぐ受け皿になる。日産自動車は、MS社のAIを使った音声認識・対話機能「Cortana」を採用すると発表した。

 2016年12月、Google社の自動運転事業会社の米Waymo社と協業に向けた検討を始めると発表した。ホンダの車両にWaymo社の自動運転ソフトウエアを搭載し、米国で実験する計画だ。

 この提携は、ホンダにとってリスクが大きい。自動運転の制御ソフトを自らも手掛けるホンダにとって、Waymo社は競合企業と見なせるからだ。協業でWaymo社の技術開発が一気に進むと、「庇(ひさし)を貸して、母屋を取られる」ことになりかねない。もちろんホンダは、リスクを織り込み済みだ。それでも協業するのは、強い危機感があるからだ。

 ホンダは、自動運転技術の開発で先頭集団に遅れている。世界に先駆けて自動運転に取り組んだWaymo社との協業で“時間を買い”、巻き返しを図る。「自動運転の開発は、相当なスピード感で進む世界。今までの自動車開発と異なる」(本田技術研究所社長の松本宜之氏)と、世界の動きに比べた自社の開発状況を冷静に分析する(「AIを鍛えることでクルマを差異化」参照)。

 協業すると決めたなら、早いに越したことはない。「交渉を優位に進めやすくする」(ホンダの技術者)ことが期待できる。Waymo社はまだ、自動車メーカーの開発経験やノウハウを知りたい段階である。今なら、対等に近い関係で話しやすい。時間が経ってWaymo社が自社にノウハウを貯め込んでしまえば、自動車メーカーはWaymo社の制御ソフトに合わせて車両を造る、“下請け”に近い“協業”になり得る。まさに、Google社のスマートフォンOS「Android」を採用する端末メーカーと同じ位置付けだ。

 ホンダは、リスクを抑える策も練る。特に意識するのが、データの共有範囲だ。松本氏は「当社の財産で、顧客にとって大事なもの。守るところは守る」と語り、集めたデータをすべて提供しないように配慮する考えだ。その上でホンダは、自動運転の制御ソフトの開発を今後も自社で続ける。すべてWaymo社に委ねる考えはない。

 ホンダはAI開発をWaymo社頼みにしないための布石も打つ。2016年7月、ソフトバンクとAIの開発で提携した注3)

注3)提携は順調に進んでおり、2017年1月に開催されたエレクトロニクスの総合展示会「CES 2017」で、2人乗りの自動運転車のコンセプト「NeuV(ニューヴィー)」を発表した。共同で開発する乗員の嗜好や感情をAIで推定する技術を搭載する。所有者が使わないときは、自動運転で他人とシェア(共有)することも想定した。