「経年劣化を予測できれば、不具合発生前の保全提案が可能なので信頼性向上に役立つ。製品寿命を前提とした取り扱いの注意を顧客に見える化して説明しやすい」「従来は開発や設計の支援手段だったシミュレーション技術が、ビジネスモデルの一部や製品・サービスの一部となり、より直接的な収益の手段となり得る」。これらは、本特集を機に本誌が実施したデジタルツインに関するアンケートで寄せられた自由記述の一部だ。こうしたデジタルツインへの期待がある一方、 「現実世界の情報には取得できるものと、取得できないものがある」「現物があるからこそ分かること、いわゆる人の感性で判断する課題が見えなくなる」といったように問題点を指摘する声も少なくなかった(アンケート結果についてはPart5参照)。

 デジタルツインを「現実世界のモノをデジタル世界で再現する」とだけ捉えると、実はそう新しい概念ではない。3Dモデルによるデジタルモックアップ(DMU)や数値シミュレーションの活用は、もはや当たり前になりつつあるからだ(DMUとの関係については別掲記事参照)。しかし、IoT(Internet of Things)や人工知能(AI)、ビッグデータ解析といった技術革新が進むことで、実現できるデジタルツインも進化し、活躍の場面が広がっている。だからこそ、製造業を大きく革新する手段の1つとしてデジタルツインへの注目度が高まっているのだ。

デジタルツインの理想は高い

 ここで、理想とするデジタルツインの姿と、それを支える技術の進化について整理してみたい(図1)。デジタルツインの究極の姿を考えた場合、その条件は大きく3つある。

図1 デジタルツインの理想形
図1 デジタルツインの理想形
デジタルツインは、現実世界のモノの代わりにさまざまな状況把握や予測に使えるデジタルデータ。“常に最新情報”を使って“忠実”に “1対1対応”で 表現することが理想となる。IoT(Internet of Things)やビッグデータ分析、拡張現実感(AR)などの進展により、現実的になってきた。
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 1つは、現実世界を忠実に再現できること。これは、設計段階で設定した形状や物性に基づいた再現ではなく、現実世界にある現時点での製品や設備を再現することだ。生産段階で発生するさまざまなばらつき、使用段階での動作状況や経年劣化、保守・修理や改良に伴う変化なども含めてデジタルツインに反映させなければならない。そうして初めて、実態に合った分析や予測が可能になるのだ。

 2つ目が、常に最新情報であること。設計データと現実世界のモノに違いがあることは先に述べたが、現実世界のモノは常に変化し続ける。あるタイミングで情報を収集してデジタルツインを作成しても、時間が経てば正確ではなくなってしまう。常に情報を更新し、デジタルツインを最新状態に保つ必要がある。

 さらに、3つ目として「1対1対応」であることもデジタルツインでは重要となる。繰り返しになるが、現実世界のモノは常に変化し続け、2つと同じモノはない。つまり、大量生産品であろうとも、実際に市場で使われている製品は異なっているはずだ。工場で見れば、同じメーカーの同じ型式の工作機械であっても、1台1台で状態は異なる。このような個別の違いを表現できることがデジタルツインには求められる。

 現実には、ここまでの条件を完全にクリアすることは難しい。例えば、最新情報といってもデータを取得する間隔、データを収集してデジタルツインに反映させるまでのタイムラグをゼロにはしにくい。ただし、さまざまな技術の革新によって理想のデジタルツインに近づきつつあるといえるだろう。

 例えば、IoT技術の進化は市場に出た後の製品から収集できる情報の種類を増やし、タイムラグも短くしている。AIやビッグデータ解析によって、従来は得られなかった情報を精度良く予測できるようになった。拡張現実感(AR)のような技術は、デジタルツインによる検証結果を人間が理解しやすいように表示するのに役立つのだ。