風営法規制で自動化が困難

 今回、松井電器産業が検査工程にロボットを導入したのは、パチスロ機特有の事情が関係している。パチスロ機は顧客の射幸心を過剰にあおらないよう、「風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)」で内部の技術仕様などが規制されている。

 具体的には不正な改造をしにくく、さらに改造されたとしてもそれを検出しやすくするため、当たりの抽選処理を司る「主基板」に規定がある。風営法の下、「国家公安委員会規則」で「カスタム品のICは不可」、「部品の実装面積は6mm2以上」などと規定されている注2)。パチスロ機メーカーはこの規定に則って主基板を設計。機種ごとに国家公安委員会の型式試験を通過する必要がある。パチンコ店側も新台の設置の際はこの型式を添えて所轄の警察署長経由で都道府県の公安委員会に申請。設置後の不正改造防止のため、内部のプリント基板は透明ケースに入れられ、開けた際は分かるよう封止しているほどだ。

注2)パチスロ機には当たりが出た際の演出などを行う液晶画面もあるが、これらはサブ基板であり風営法の規制の対象外。主基板からは抽選結果を受信するのみで、主基板に対し情報を送信することは禁止されている。

 こうした厳しい法規制があることもあり、パチスロ機のプリント基板は組み立て工程や製造後の検査工程においても特別な要求がある。通常の電子機器のプリント基板であれば、EMS業者が自社の検査装置で品質検査するが、パチスロ機の場合、その検査装置自体もパチスロ機メーカーがEMS業者に支給・貸与する。作業を自動化しやすいよう検査装置に改造を加えることも原則として認められないため、松井電器産業では従来、検査装置へのプリント基板の投入はすべて人手で行っていた。

 今回、双腕型の協働ロボットを採用したのは、こうした機器メーカーからの要求に応えつつ、自動化を達成するためだ。発注元から貸与された検査装置には一切改造を加えず、人手での作業内容・レイアウトをほぼ踏襲したまま、双腕ロボットで自動化を実現した(図3)。検査装置のボタン操作も、duAroのハンドでこなすようにしてある。

図3 同社工場でのプリント基板の製造・検査の流れ
図3 同社工場でのプリント基板の製造・検査の流れ
ICなどは自動の挿入機で基板に差し込んでいるが、背の高い部品やコネクタなどは現在でも手作業で挿入している。その後、ハンダ槽でハンダ付けし、検査する。ロボットは各種の検査装置への投入や排出を行う。青色は自動化工程、灰色は人手作業の工程である。
[画像のクリックで拡大表示]

安さが魅力で即決

 松井電器産業がduAroを採用した一番の決め手は、価格だった。今回の導入を主導した同社 鹿沼事業部 管理部 技術課 課長の郷間貞夫氏は以前から、人手作業に頼っていた検査工程を自動化したいと考えており、カワダロボティクスや安川電機などの双腕ロボットを検討してきた。そんな中、2015年12月の「国際ロボット展」を訪れた際、川崎重工のブースでたまたまduAroを見かけ、「これは安くて良いと思った」(同氏)。双腕型ではあるが、スカラ型のため他の6軸の双腕型より安価であり、組み立て工程にも向くタイプであったため、ほぼ即決。同社担当者と相談して2016年から導入検討を開始し、2017年5月にシステムが完成した。

 松井電器産業の場合、検査装置の入れ替えやメンテナンスなどで、ロボットを移動させたいというニーズもあった。このため、キャスターなどで移動しやすい協働ロボットは好都合だった。工場内の設置スペースも限られているため、安全柵を不要にしやすい点も評価した。

 duAroを適用したのは、部品をプリント基板に挿入し、ハンダ付けなどを終えた後の5つの工程である。(1)プリント基板への各種部品の実装が正常に行われているか、短絡などがないかを電気的に確かめる「ICT(in-circuit tester)」装置による検査、(2)プリント基板の端の「耳」の部分を折り曲げてカットする作業、(3)プリント基板上のROMへのプログラムの書き込み(ROM焼き)、(4)光インタフェースのコネクタ部へのカバー付け、(5)プリント基板に実際に電源を投入し、機能を確認する機能検査(ファンクションテスト)、である。最後の機能検査は時間を要するため、2台を用いている。

6本のアームが並行動作

 従来、人手で作業していたころは、これら5つの工程を4人で分担していたが、今回、これを3台のロボットに置き換えた(図4)。ロボット間での基板の受け渡しは一度回転テーブルに起き、基板の向きを変えて次に渡す。

図4 ロボットのレイアウトの概要
図4 ロボットのレイアウトの概要
灰色が各種検査装置である。基本的に検査装置に投入する際はラインの川上側の腕を、排出する際はラインの川下側の腕を、それぞれ用いる。ロボット1であれば右腕でICT装置に投入し、排出の際はその右腕を右側にそらし、左腕で把持して排出する。左腕による排出作業が終わる前に、今度は右腕で次のプリント基板の把持を開始し、同時並行で作業できるようにした。
[画像のクリックで拡大表示]

 左右のアームは協調して1つの作業を行うのではなく、同時並行に異なる作業を行う。これにより、人手作業の場合と同等のタクトタイムを実現できた。1日当たりの生産量は約1000個である。

 ロボットの台数は3台ではあるが、双腕のため6本のアームがほぼ同時に作業している。例えば、検査装置に基板を投入する際は、ラインの川上側にあるアームを使う。検査が終了した後は、今度は川下側のアームで基板を把持し、川下側の次のロボットに受け渡すべく、基板をテーブルに置く。その間に川上側のアームは次の基板を把持して、検査装置に投入する。「左右のアームや他のロボットのアームと接触しないよう、ギリギリのタイミングまで動作間隔を詰め、タクトタイムを短縮した」(郷間氏)。

 パチスロ機のプリント基板は、生産量の季節変動が激しい。同社の場合、ゴールデンウィークとお盆、年末年始といった休暇の数カ月前には大量の発注が入るものの、それ以外の時期は生産量がゼロとなる。このため、生産が多忙な時期に合わせて期間限定で作業員を募集するなどしていたが、「最近は人が集まりにくくなったこともあり、毎度冷や冷やしていた。ロボットによる自動化で今後はそうした心配もなくなる」(郷間氏)。

 duAroはスカラ型であるため、6軸の垂直多関節ロボットほど複雑な動きはできない。このため、一部の工程では専用の治具を製作した(図5)。例えば、(2)のプリント基板の端を折る工程では、ハンドではプリント基板を把持しているのみで、実際に基板を折る作業はアクチュエータを搭載した外部の治具で行う。(3)のROM書き込みでは、蓋を閉める動作はワイヤーを介してロボットのハンドで実施できるようにしたが、書き込み機を操作するハンドルは外部のアクチュエータで動かしている。

図5 各工程での作業の様子
図5 各工程での作業の様子
システムインテグレーターの拠点で組み上げた段階の様子である。検査装置については顧客であるパチスロメーカーから貸与され、松井電器産業は保有していないため、今回はダミーの箱を置いた。
[画像のクリックで拡大表示]

 ハンドは吸引型とした(図6)。プリント基板の把持では微細な部品を傷つけないようグリッパで外側から挟む場合もあるが8)、パチスロ機の基板は空きスペースも多く、吸引で問題ないという。

図6 吸引型のハンドは2種類
図6 吸引型のハンドは2種類
プリント基板の把持は吸引型ハンドで行う。ICなど部品の実装されていない部分を吸引する。4本型が基本だが(写真左)、1台目のロボットの左腕のみは、プリント基板を折る工程で通常より強い把持力が必要なため、6本としてある(写真右)。
[画像のクリックで拡大表示]