2015年9月、慶應義塾大学は医師国家試験の一部を自動で解答する人工知能プログラムを日本で初めて開発したと発表した。手掛けたのは、同大学理工学部生命情報学科教授の榊原康文氏らのグループだ。この人工知能は今でも進化を続け、国家試験の臨床問題を正答率55.6%(過去の合格者の平均正答率は66.6%)で解答できるところまで至っているという。医師国家試験を解答する人工知能を開発するに至った経緯のほか、この人工知能の概要について榊原氏に聞いた。

──医師国家試験に挑戦している人工知能(AI)の開発を進めています。開発に至る経緯をお聞かせください。

慶應義塾大学理工学部教授の榊原康文氏は「医師とAIがタッグを組むことでより良い医療が提供できると期待している」と語る
慶應義塾大学理工学部教授の榊原康文氏は「医師とAIがタッグを組むことでより良い医療が提供できると期待している」と語る

榊原氏 多くの方がご存じだと思うのですが、最近、コンピューター囲碁プログラムであるアルファ碁(AlphaGo)が人間の棋士と対戦して勝ったことで話題になりました。この事実によって人工知能と人が対決するイメージを持った方も多いかもしれません。こうしたゲームにおけるコンピューターあるいは人工知能と人との対決については、その昔、ディープ・ブルーというチェスプログラムが人と対戦し、人に勝ったことがあるのですが、そのディープ・ブルーにチェスで負けた人が、「自分は負けたけれど、AIだけよりも、人とAIがタッグを組んだ方がもっと強くなる」という考えに至って、今では開発に関わっているようです。

──負けた人がAIの良さを理解したと言うことなのでしょうか。

榊原氏 そうなんだと思います。将棋の羽生名人もAIは新しい視点を引き出してくれると言っています。ですから我々は、医療についても、医師国家試験に合格して少し賢くなったコンピューターと医師が一緒に患者さんを診るのが、より良い医療を提供する上で有効なのではないかと考えて開発を進めているのです。

──医師とAIは対立するものではなく、共同作業をするものだと。

榊原氏 そうです。この(医師国家試験を解答する)AIを開発したきっかけもそこにあります。慶應義塾大学病院は質の高い医療を提供しているけれど、日本全国を見渡せば医療過疎地なども多い。そこで慶應義塾大学として、慶應義塾大学病院と同じ質の診療を全国どこでも受けられるようにITを活用した仕組みを作ろうという研究課題を文部科学省のプロジェクトに提案して、私もその中に加えていただいたんです。

 慶應義塾大学病院の1日の外来患者数は5000人ほどで、年間100万件の診療録が蓄積します。そこで医学部から参画した研究者は、過去の膨大な症例の中から目の前の患者さんの状態に近いケースを検索するような仕組みを検討していました。検索というとGoogleに代表されるように、多くの人にとって馴染みがあるだけにそんなに難しい仕組みと思えないかもしれませんが、今の電子カルテは検索があまり得意ではありませんから。

 私は同じことをしても仕方がないので、「過去の症例と電子カルテの情報から病名を自動診断する仕組みを開発する」ということを究極の目標に設定し、当面の目標として医師国家試験を自動解答する人工知能プログラムを構築することを始めました。